今回はその1ということで、内容は概論になるので、あらかじめご了承ください。
中国由来の新型コロナウイルスは「秋の遠音」のあとがき(3月15日・記)に「人災」であると書いたが、まさにそれは正鵠を得ていて、時間が経つにつれてそれは一層明らかになった。
このウイルスの正体が何も判らず、ワクチンもない「恐怖」から、世界中が右往左往して今に至っている。その影響の深刻さは、まだ始まったばかりだと覚悟しておいた方が良い。

この「コロナ禍」によって、否応なしに「パンドラの筺」があけられてしまった。日本は勿論、中国の唖然とする態度を始め、世界各国のあらゆる人間の闇、権力闘争の入り組んだ多くの謎が判ったことも多数あった。(次作の哲理的随筆集「ダブルススタンダード」に記載します)
人間とは、まさに「我・欲」の塊であると痛感する。同時に、拙著の「秋の遠音」の主人公、吉村春明、「春のみなも」の女主人公、福本(長谷川)初、「冬の櫻」の圓城寺彦九郎のように、慈悲心と凜とした精神力を持っている日本人もいることを改めて感じている。
そういうことを前提に話を進める。
今回の「コロナ禍」に限らず、災害や疫病、社会の大変動時には、どんな時代も、社会的弱者から犠牲になる。だから彼らへの支援策こそが、社会を社会ならしめる最も必要な措置で、それも迅速に行わなければならないのだ。今回の「新型コロナ対策」の政府の対応や首長達の、実行力、普通に持たなければならない筈の想像力の欠如は目を疑うばかりだ。

「秋の遠音」にも記載したが、幕末、各藩は日頃からの飢饉にそなえての囲い米の提供、迅速な施粥などを行った。藩主以下重臣にそれなりの人物がいれば、藩単位のセイフティ-ネットが機能していた。それでも、天明、天保の大飢饉は、米本位制経済の限界で、併せて100万人以上の餓死者数を出した。(天明90万人、天保10万人というが、正確なところ判っていない)
ただ記憶にとどめて頂きたいのは、飽食の現代日本でも餓死者は毎年十数人いるのだ。
しかし流行病には手の打ちようがなかった。
コロリ(コレラ)は、幕末の江戸では、24万人の死者を出した。
今からおよそ100年前のスペイン風邪は、日本国内の人口、5千600万人に対し、死者が、第一次、第二次、第三次感染の死者数をあわせて約39万人。
第一回流行(1918.8-1919.7)感染者:2116万人 死者:25万7000人 死亡率:1.22%
第二回流行(1919.10-1920.7)感染者:241万人 死者:12万8000人 死亡率:5.29%
第三回流行(1920.8-1921.7)感染者:22万人 死者:3600人 死亡率:1.65%(内務省)
いずれも、残念ながら人類の知恵では解決できず、全て、成り行き任せ、天頼みであった。
人類の歴史上、ウイルスなどの感染症の殆どは撲滅出来ない。撲滅したのは天然痘だけである。WHOが天然痘撲滅宣言を行ったのは1980年、今から40年前の事である。天然痘患者は古代エジプトから存在し、3千年とか4千年ものあいだ人類を脅かしてきたのだ。

ウイルスの根絶は、現代の科学を以てしても出来ない。だから専門家は、人知の及ばざる現象や病気の科学的手法に対しては常に謙虚でなければならない。勿論、100年前と違って、ITの活用・ビックデータの分析統計などのテクノロジーは進歩したが、そのデータに勝手な解釈を加えてはいけない。結論ありきのデータだけを選び、その仮説と相反するデータ無視をするというやり方は厳しく戒めなければならない。三流の科学者、政治家、人間がそれを意識的に、あるいは浅学の故に実施すると国家は著しく混乱し、疲弊する。全て必要なデータを明示し、間違ったら、きっぱりと間違いましたと訂正する勇気が、科学者に、指導者に、いや人間全てに求められる資質だが、それが出来れば「新型コロナ禍」の被害は今よりもっと少なく済んだ。だから中国での発生からその後の隠蔽措置を許せないのだ。確かに新型コロナウイルスは怖いが、「コロナ禍」は、全て人間の保身と我欲から生まれる。それを利用した政治家によって「禍」が更に拡がり、社会が疲弊し再生不能になる。いい加減な「腰だめの数値」に誇張され、捏造、隠蔽されては、国民はたまったものではない。

さて今回の新型コロナウイルス感染対策の本来の緊急事態宣言の意味は、医療危機の山をずらし、本来助けられるコロナ患者を救い、癌や心臓病や緊急対応しなければならない患者の処置に支障をきたさないためであったと、私は記憶している。
日本の場合、PCR検査を増やそうが、抗体検査をしようが、抗原検査をしようが、今では余り意味がなくなった。じっくりと先を見据えて検査体制を作って貰いたい。そして、決して誤解しないで貰いたいのは、ウイルスの感染は、集団免疫によって完全に収束するものでもない。
更に、「マスコミの刷り込み現象」で、緊急事態宣言の「自粛」解除は、収束の期間だと思い込んでいる日本人が多いが、それも全く違う。この先1年、2年で収束するものではない。
「今までの生活が出来ない」と言うことだ。過去のウイルス感染は、どうして収束したのかと調べれば、いつのまにか未解明のままふんわりと収束する。これは歴史が証明している。
ウイルスは実に賢く、一端矛を収めるが、また変異して蔓延する。その対策はそう簡単ではない。

NHKはじめ、民放のニュース、ワイドショー、報道特番は「今日の感染者は何人」とか、「何%の外出自粛率に留まっています」と朝から晩まで繰り返す。8割自粛という腰だめのはずの数値を固定して、それに従わない者を批判する口調で話す一方、売り上げが9割減の店主の繰り言も報道する。こういう形で知らない間に、不安を増幅させ「民意」が形成される。実に危険だ。日本人は、自分の頭で考えることを放棄してしまったようだ。情報を流す側の彼等は、給与や報酬が担保された立場だ。「弱者に寄り添って」など口に出しても、よほど物事の本質を掘り下げて話さないと、画面を通して、そのいい加減さが直ぐバレてしまう。「浅いな~」。
驚くべきは、東京都の「重症者病床使用率」を2倍に水増し発表しいてたという。基礎データの意識的改竄だ。(5月6日の、コロナ患者の入院者数は2,974人と発表したが、実際はその半分の1,511人ということが判った)東京都の小池知事が知らないはずはない。ひどいものだ。「気を緩めないとまたもとの戻ってしまう」とは、誰でも言える。しかし為政者として、一番やってはいけない事をしてしまった。これに対してマスコミも殆ど発表していない。

「収束が見えてくる」と、政府、東京都、マスコミはこぞって、今までの発言を、少しずつベクトルをずらしながら、本質をすげ替えていく。それは既に始まっていて、結局のところ誰も責任をとらない。インフラの崩壊や、社会的生活の過剰なまでの制限で、多くの犠牲者は残されたままである。たまったものではない。
緊急事態宣言のその後はどうするのかという「青図」など端からないのだ。無能だ。為政者の保身の決定を続けていたら、国民は社会的窒息死になってしまう。これまで「STAY HOME」の名の下に、外出禁止を強要したが、実は余り意味がないという「論文」もある。
社会の動きを観て、その本質は何かと常に、自分の頭で考え行動することこそ必要だ……。
今、義憤に駆られ、このいい加減さをどうしてやろうかと、多くの日本人が思っているに違いない。しかしその方に問う。あなたは、持続的に戦うための心の武器を持っているか? 
あなたは、国民を平気で欺く政府・行政を、批判の批判しかできない野党や、一言居士のアホな知識人(と称する)に対し、矜持を保ち、凜と生きる為に長期戦略を持っているか?
決して挫けずに永続的に戦えるか?
慈悲心と仁愛の精神を心に纏い、「俗」に対抗するためには、短絡的な、一時的な感情では挫けてしまう。社会を変革する力には決してならないのだ。経済的な自立も必要だ。20年前「心身経営学」講座をそういう趣旨で設立した。しかし3年で挫折したという深い自戒もある。
我々は、汚辱に汚染され、複層に繋がりあっている社会で、押し引き自在の生き方をしなければならない。残念ながら、現在、殆どの日本人にはその免疫がない。いわばワクチンがないのだ。 そのワクチンが、春吉省吾の四季四部作・歴史時代小説+「風浪の果てに」である。
冷静な視点の長編歴史時代小説の威力である。短編では決して出来ない効能だ。
新刊の「秋の遠音」の主人公、吉村春明の一生をぜひ読んで貰いたい。この難局に、外連のない「意思決定」とは何かが判ってくるはずだ。
新型コロナウイルスのワクチンがこの先開発されても、数十万円(ひょっとして百万円以上)で、庶民には手が届かないし、日本に入ってこないこともある。新型コロナ禍に過剰な間違った対策をとる前に、春吉省吾の長編小説を読んで欲しい。数千円であなたの心のワクチンになるはずだから。(次回に続く) 
                         2020年5月26日  春吉省吾ⓒ
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新刊「秋の遠音」の本文中の「修正箇所」については、恐れ入りますが、上記ホームページ「新刊予告・執筆活動」からご確認ください。