9月となりました。東京はいまだに暑さが続いておりますが、皆様にはお元気で御活躍のことと存じます。
私事ですが、病気再発の確率を少なくするために、年齢と体力を無視して、追加の維持療法を受けたのですが、3回目の7月31日に実施した副作用が強く、結構辛い思いをしました。何事も先を焦るといい結果にはならないようです。回復におよそ一ヶ月ほどかかりましたが、お陰様でようやく現状に戻りつつあります。
また7月に入って、夜寝ていると右肩が鈍く痛み出し、病院に行ったら変形性肩関節症と診断されました。簡単には治らないようです。痛み止めの湿布をしても、余り効きません。可動域が少なくなったのを知った上で、筋力アップとストレッチをしています。一晩寝れば自然に治るという若さは失われ、この先「違和感」を自覚しつつ、年齢とどう向き合ったらいいのか、否応なく知らされることになりました。
それはいみじくも、今年の5月に上梓した「言挙げぞする」という哲理的随筆集の執筆主旨と一致します。
つまり我々日本人が今まで盲信してきたことを洗い直し、自分の置かれた立場と能力を知って、「次善策でよし」とする柔軟な思考を持つことです。
国力も、経済力も黄昏期に入り、今までの即物的な倫理観や道徳観では、自己を律することが出来ません。上っ面だけだと忽ち馬脚を現してしまいます。昨今、社会的地位にあった(と本人も周囲も勘違いしていた)人達や、協会や連盟と言われている組織で、様々な不祥事が明らかになっていますが、これは氷山の一角です。
また 「勝ち組」「負け組」など、いまだに経済的勝ち負けに拘っていている日本人の何と多いことか。笑止である。「いい加減に判れよ」といいたいのですが、拙著の読者以外は、その意味するところをよくご理解いただけないかも知れません。
ともあれ、これからの時代、「負けないため」にどうするかと考え続けるそのプロセスの中から、人生の深い意味を知ることが出来るはずなのです。
しかし従来の日本人が持つ、歴史観・宗教観をもってしては、常に喉の奥に小骨が刺さっているような状態が続くことになります。
「言挙げぞする」では、例えば、従来までの仏教・儒教・神道などの、偏頗な思い込みや慣習を破らなければ、「新たな視界は広がりません」と、その基本をやんわりと記述しました。
いずれもう少し踏み込んだ続編を書くことになるでしょう。
さて、現在の執筆情況ですが、
四季四部作の長編時代小説「秋の遠音」は上巻部分(400字詰めの原稿用紙で700枚)を書き終え、現在下巻の280枚ほど書き進めています。寛政年間から明治25年まで、およそ90年間の物語です。今年中には脱稿出来るでしょう。来年前半には上下巻にして上梓したいと思っております。
これで当初計画したライフワークの「春夏秋冬」の歴史小説もようやく終了です。これらに登場する主人公は全て実在の人物ですが、殆ど資料の残っていない人物達でした。取材や資料集めから、執筆、編集、販売と「超長編」の四部作を、挫けずにやり遂げてきたなと、自分を誉めています。最後まで気を緩めずにこの「秋の遠音」も感動作にしたいと思います。
「初音の裏殿」も書き始めました。幕末期、旗本6千石の架空の主人公を軸に据え、善悪を飛び越えたアウトローの物語です。西郷も、勝も、龍馬も、大久保も、岩倉も、明治の「偉人」といわれる人物達は、果たして「そんなきれい事だけの人間か!!」というのが、作家春吉の立場です。
上記偉人達への手放しの信奉者には、とんでもない物語になります。膨大な資料の読み込みが必要ですが、これら歴史上の有名人達は資料に事欠きませんので、いかに楽しく読んでもらえるかというのが、この執筆テーマです。
主人公は、皇室の血を引く、領地持ち旗本という設定ですので、孝明天皇の祖父にあたる光格天皇の御代から、皇族、公家のことを調べましたが、とても一筋縄ではいきません。
主人公は、幕府も、朝廷も、薩長も、日本を翻弄させた海外列強、禿鷹のような外国人貿易商、三井、住友などの豪商達を相手に、とんでもない「怪物」ぶりを発揮します。このような主人公を幕末の歴史の中で活躍させることは、物書きとして限りない快感です。歴史的事実はきっちりと抑えながら、クールなエンターテインメント中編として、シリーズ化していきたいと思っています。
平成30年9月2日
春吉省吾
◆写真説明
●8月7日、福島在住の母に会い、墓参の後、時間が余ったので飯坂町の大鳥城跡を訪ねた。源義経の郎党、佐藤継信・忠信兄弟の父、佐藤基治(元治)の居城であった。基治は鎌倉方の伊達朝宗(伊逹家の祖)によって討ち取られ、首を阿津賀志山経岡に晒されたという。
●誰も居ない大鳥城跡本丸の空間、「クマに注意」の看板に少し怯む。
●福島市内の公園には放射能測定器が設置されている。この場所は0.110マイクロシーベルト/時。国の基準は、0.24である。この基準の是非は素人の私には判らない。
●8月28日、東京国立博物館で開催の「縄文」展を見てきた。混んでいた。縄文時代を1万3千年前からと断定していたが、考古学の進歩により、常に変化するというのが正しい認識だ。(私は暫定1万4千年前とする)
●ダイナミックな土偶、土器類は、中国・黄河文明、メソポタミア、西アジアの出土品と比べても、その立体感・独創性は群を抜いて凄い。我々全ての日本人には縄文の血が、2割以上入っているのだ。詳しくは拙著「言挙げぞする」を参照してください。