
サーバー増設・データ保存をどうする

2025年12月に「春吉省吾・歴史作家のへたくそ武道塾」というブログを開設した。
しかし、無料のサーバーを利用したため、PCの表示はそれなりなのだが、携帯やタブレットを利用すると、宣伝が邪魔をして、まともに表記できない。
何とかしようと思っているが、現在(株)ノークとノーク出版でWPを利用して、自作でネット販売まで完結できるシステムを作ったが、それとは別に、武道関連のブログを立ち上げるのは、今でも忙しいので、なかなか決断できない。
新しい独自ドメインを取得するのも面倒だ。さてどうするかと考慮中だ。
長編歴史時代小説「初音の裏殿」第五巻・和而不同を執筆中の他に、月に2回、メインのHP上に「春吉省吾のブログ」をアップし、YouTubeに「春吉省吾の思索エッセイ」動画を挙げている。
これまで、上梓してきた様々な小説、詩、随筆や、心身経営学のテキスト(その中には、「戦略・戦術」図、「日本人の意識の重層構造」、「朱子学」、「陽明学」など一枚の図にその体系を纏めた労作もある)、20年近く書き込んだブログ、膨大な著作はまたきちんと纏めていない。
ブログ記事をそのままにしてあり、データをコピーしなければならないなと思いつつ、なかなか手が回らない。
また上梓したデータは、InDesignや一太郎、PDFなどのソフトを利用しているので、それらを纏めるのも、古いバージョンなどもあり大変だ。
上梓してから気づいた、誤字や言いまわしの訂正なども、必要なのだが、「校正・校閲」をして赤字を都度チェックしているが、一つのソフトに纏める作業も半端ではない。
AI活用(ClaudeCode)などを活用しないと、一人では纏めきれる分量ではない。
いずれにしても、最終版として纏めておかないと、完全版の「全集」を出そうと思っても、簡単には出来ない。
ついこれら過去の作品の手直しは後手になってしまう。数年前から「電子書籍にして改訂新版」を出すと、宣言しているが、「空宣言」になって後手に回ってしまっている。
「身は一つ」なので、優先順位を決めていても、待ったなしの日常業務や、趣味の組織の様々な雑事など、そちらに時間が取られてしまう。
それでも、「初音の裏殿」などの資料収集・読み込みは別にして、経済、哲学、宗教やAI関連の書籍で、同時に読み進めている書籍は、40冊以上ある。そこから新しい興味事項を発見すると、また次のテーマに進むので、いつも頭の中は好奇心で一杯だ。
一日十数時間机の前に座っている私としては、弓道と居合道あわせて週3回~4回、2時間程度の稽古時間を優先して確保している。
それがなければ、身体も頭もフリーズして、今頃、寝たきり老人になっていたかも知れない。
週2回の買い出しと、4回の夕食作り、結構頭を使う。コストをかけずに旬の食材を一切余さずに調理する。頭のリフレッシュになる。
この歳になって、田畑を借りて食糧自給も出来ないし、都会のど真ん中で、「異常時」になっても慌てずに、暫く食いつないでいけるように自衛している。
人間の浅知恵などたかが知れている。今自分がやれる範囲でやりきっていれば、その後は「なるようにしかならない」と覚悟を決め(そう簡単には出来ないのは承知だ。それが出来れば「偉人」になれる)、天の加護に委ねるしかない。
「どうする省吾」と叫んでジタバタしても、どうにもならな
閲覧者対策をどうする

私のブログ記事は無料だが、内容は大手新聞や週刊誌の有料記事よりも内容が濃いと自負している。現在メインのHPの記事は、全員が読めるようになっているが、既に記事の一部分から「会員限定」にするソフトを組み込んであるが、まだ利用していない。
無料であっても記事中に会員限定部分が必要な理由は、何処の誰が見ているか判らないという、記事提供者としての不安がある。
あまり厳しい「会員限定」をかけると、「情報」の本意が伝わらない。難しい線引きを何処でするかはなかなか難しい問題だ。
失礼を承知で申し上げると、どうも日本の中高年の方々は、「豆腐脳」なってしまって硬めの長文を忌避する傾向が強い。
戦後80年、日本人の多くは、物語の筋を「単純化」し、余計なことを考えないように慣らされた。若い人達の活字離れが始まって久しいし、YouTubeをはじめとする動画から情報取得する方が簡単だ。
良くも悪くも時代はそうなっている。しかし、「煽り」や「やらせ」動画、切り抜き情報に、踊らされないように、長文のプロットのしっかりとした小説や、ブログ記事を読むことも、たまにはしてもらいたい。
そうすれば、オールドメディアの偏ったニュースやワイドショーに影響され、「豆腐脳」化されることもなくなる。
記事中に会員限定部分を設けようと思っているのは、ここ4ヶ月前から、不思議なことが起こっているからだ。
私のブログの中にはあるソフトが取り込んである。このソフトは、国別のアクセス比率が表記される。
不思議なことに、China、Singapore、Iranの比率が多く、次にUSA、そして日本人の閲覧は全体の4.4%にすぎない。
ずっとこの現象を考えていた。
7月1日のデータは、何とSingaporeの閲覧者が、40.7%となり、中国を抜いた。そして3番目にはIranからの視聴者が日本を越えた。Singaporeからのアクセスが増え、ましてやIranからの視聴が増えたのは謎である。ちなみに7月10日は、Singapore、2位がChina、3位が日本、4位がドイツ、5位がUSAと大きく変わった。
China(ソフトではそう記載)中国が、わたしのブログを注視しているのはよく分かる。
「永別了香港」という私の長編エンターテインメント小説で、返還前の香港を活写した物語を上梓した。
かつてのエネルギッシュで、生きていくためには何でもするという、猥雑な香港を記載した。
香港を舞台にした小説で、日本人作家も香港人作家も、ここまで香港の裏側を書き込んだ物語はないと思う。この作品が最初で最後だと思う。何しろ「香港」そのものが、「香港」でなくなってしまったからだ。
中共と戦って、カナダに事実上亡命した、周庭(アグネス・チョウ)さんの世代も、この活き活きとした「香港」を知らない。読んで貰いたいな。(ひょっとしてお読みになっているかも知れない)
1989年の6月4日の天安門事件直後、香港では数十万人規模の抗議デモや追悼集会が起きた。強い衝撃を受けた香港市民は、中枢部のビクトリア公園などで連日数十万人規模のデモや集会が行われた。
アラン・タン、テレサ・テン、ジャッキー・チェン(彼は直ぐに中共に寝返ったが)など、大スターが参加し抗議集会を行った。
実は、このメイン会場となった香港ジョッキークラブの「Happy Valley競馬場」は、私がイベントを企画しようとした場所だった。当時の支配人に面会し、場所提供の交渉したことがあった。そのAgreementは今でも取ってある、私の宝だ。
「永別了香港」の小説に記載したその部分は事実である。イベント実現には至らなかったが、天安門事件の追悼集会でそれが実現したとは、何とも歴史の皮肉だ。
話は長くなったが、中共が「天安門事件」に関する一切の情報を封印して、今年で37年になる。そんな理由から、中共になった「香港」は勿論、大陸本土には入国できないと思っている。拘束されるかもしれないからだ。
今後、行く事は無く、行くつもりもない。何しろ「永別了香港」の「永别了」とは、本来の香港と永別する、永久に別れるという意味だからだ。
ということで、私を常に検閲しているChina当局が、私のブログを常にチェックしていることは確かだ。
本来日本人のために、大事な戦略論を展開しているのに、肝心な日本人は無関心で、日本のあらゆる情報を収集しているも中国人(華僑も含めて)のしたたかさは不気味だ。
しっかりしてくれよ、日本の皆さん!!
東京都の伏魔殿・腐った組織をどうする

昨年(2025年)6月、佐藤沙織里さんが、東京都議選千代田区選挙区(定数1)に無所属で出馬し、都民ファーストの会の現職(姉・妹は共にタレント)を破って初当選を果たした。
大金星だ。彼女の言動は、都議当選前からYouTubeなどでつぶさに拝見していたが、とにかく、戦略・戦術に長け、独学で公認会計士の資格を取り、計数にも明るい。
係数に明るいという意味は、その数字が、ある意味を持っていることを直感できる能力だ。
この数値に対する直感力は、公認会計士・税理士、官僚、雇われ経営者、あるいは統計学の先生などが、上っ面を囓っただけでは、決して持てる能力ではない。人生の底を見て、そこから這い上がろうと努力したものだけが、「数値」の裏側が見えるのだ。
私もその経験から、多少は判る。
佐藤都議の覚悟は、小池百合子知事と比較すると、どちらが都知事か判らないほど、腹が据わっている。
小池知事の御都合主義で作られた「都民ファーストの会」をはじめとして、都議会を牛耳っているまさに「伏魔殿」の中で、佐藤都議は様々な陰湿ないじめを受けている。
「都民ファースト」という都民のリーダーたる資格は、佐藤都議にこそ相応しい。
佐藤都議の出現によって、東京都議会の委員会でのやり取りを、ユーチューブで見るようになった。
驚いたのは、局長、部長たちの無能力、勉強不足、無気力だ。舌鋒鋭い佐藤都議の質問に対する答えが、中学生以下だ。もともと希望に燃えて東京を良くしようと、入庁したエリートなのだろうが……。それとも縁故採用か、退職後の天下りのために「馬鹿」を装っているのか、皆、目がうつろで、覇気が全く無い。
小池知事に忖度し、言えることも言えないのだろうが、あまりに酷い。トップが無能で、自己保身・権力乱用をするとあっという間に、組織は腐敗する。
だが、そのリーダー小池を選んだのは、我々都民だ。猛省しなければならないのは「東京都民」だ。
佐藤都議に対する、陰湿な排除、いじめは、今後さらに苛烈になるだろう。
彼女を守れるのは、我々都民しかいない。このままだと潰される。
小池知事のリコール運動が活発になっているようだが、当然だろう。
都民が「豆腐脳」なのを良い事に、小池知事は、広告代理店・オールドメディアを味方につけて、やりたい放題の10年間だった。(現在3期目)
あらゆるものを、権力奪取のために利用する、小池知事のその生きざまは、まさに天才的だ。善悪の評価を超えて見事なものだ。
10年前、衆議院議員から都知事に立候補して、圧倒的票を得て当選したが、この現象は危ないなと思った。多くの都民は簡単に欺された。あれから10年、未だに都民は判っていない。
国民・都民を振り回して、都の財源を圧迫して、東京をメチャメチャにするのは許せない。
豊洲移転問題で、散々都民を煽り、Chinaに忖度して、都民のために蓄えた防護服やマスクを渡し、コロナパンデミックで都民経済を混乱させ、東京オリンピック競技会場を震災地になどと世間を誘導した。都知事再選のための戦術は見え見えなのだが、都民は簡単に引っかかった。
自身のカイロ大学経歴詐欺問題で、東京都がエジプトの経済団体と結んだ雇用分野に関する合意書について、オールドメディアは、移民受け入れを進めようとしているのは誤情報だとしているが、果たしてそうだろうか。
オールドメディアに散々欺されてきた「豆腐脳」の都民の皆さん、そろそろつまらない「茶番劇」に気がついて貰いたい。
太陽光パネルの設置を義務付ける制度が2025年4月から始まった。90パーセント近くが不正労働で生産された中国製。アメリカ政府は、2022年6月から、中国の新疆ウイグル自治区における強制労働(不正労働)に関与して生産された太陽光パネル関連製品の輸入を厳しく規制した。日本の東京は、中国にとって最後の貴重な市場だ。
更に、十数年後のパネルの廃棄処理法も考えていない。太陽光の効率は10~20%という不安定さなのだ。
「2050年CO2排出実質ゼロ」の実現に向け、2030年までに、都内で新たに販売される乗用車を100%非ガソリン車とすることを目指し普及を図るという。
世界の潮流から、一周遅れているこの政策、「頭大丈夫か」と疑いたくなる。
さらに、東京都が都営住宅等事業会計について、本来は納付すべき義務がある消費税を21年間にわたって支払っていなかっと佐藤都議が指摘した。現在もうやむやなままだ。
数え上げたらきりが無い。「利権と既得権の温床」と、考えない方がどうかしている。
東京都の財政規模(令和8年度当初予算案)の一般会計は、過去最高の9兆6,530億円。そして、特別会計は6兆9,918億円。公営企業会計は2兆402億円。
複雑な会計操作と不透明性一般会計と特別会計の間でお金が行き来するため、全体の収支や本当に使われているお金の総額が都民にとって非常に分かりにくくなっている。(でも、見る人が見れば簡単にそのカラクリは見えるのだ)
都職員の無能力ぶりが明らかになった今、意図的にずさんな経理処理をしていたらどうなるか……。
以下は、私の物書きとしての独り言だ。
ここまで即物的に生きて大義の無い無目的の権力奪取のために動き廻られては、我々都民にとっては迷惑千万。
都民も馬鹿ではない(そう私は信じているし、信じたい)、ここまで自己保身の権力に拘った権力奪取者。すべてを失ったその晩年、何を思うか、物書きとして興味がある。
地方行政組織が、大義なき無節操に…どうする省吾

あくまでも私の主観だが、東京都はもとより、沖縄県、福岡県、愛知、埼玉、宮城、北海道と、どう見ても、地元の暮らしに寄り添った行政をしているとは思えない。(その根拠はきちっとあるがここでは記載しない)
私が評価するのは唯一、兵庫県の斉藤元彦知事。県民のためにあらゆる犠牲を払っている。凄い意志だ。
更に、生活に密着している「区」や「市」などの身近な行政機関も、残念だが十分な業務をしているとは思えない。
NPOや市民活動団体の意見を聞くのも良いが、耳障りは悪いが、私のようなオブザーバー(Observer)の意見を聞くなどすれば、当たり前の行政になると思うのだが、これまで既得権益を享受してきた人間にとって、私のような人間は誠に厄介なので、そう簡単には……。
まあ、東京都道府県内のどの区も市も、似たり寄ったりだ。
責任は回避するが、権益は振り回す。広告代理店や、外郭団体、NPOなどに予算をばらまき、権限を委譲し、それが硬直化している。
本来行政として遵守しなければならないルールが、インフォーマルなルートで、都民・区民、市民の権利を侵している。
そしてそれらは当たり前としてまかり通っている。日常生活に直結するごく近い組織は完全に崩れている。「地域住民に寄り添って」などという抽象的なお題目は要らない。
これらに対して、危機感を持たない都道府県民・区民・市民の無関心に驚く。「おい、大丈夫かい?あなたの税金が無駄に使われているのだ」と言いたい。
腹が立つのは、区や市の教育委員会や外郭組織団体などか、従来の慣習を盾に、「そういう風になっているので、ルール破りは認めない」とのたまう。
勝手にインフォーマルなルールを決めて、条例と違ったことを行い、それが正しいという。区民・市民の個人としての意見は、おそらく区長や市長に届いているかどうか不明だ……。日常的な暮らしが、足許から崩れているが、「ゆでガエル理論(ゆでガエル現象)」「サラミ理論(サラミ戦術)」といわれるように、ゆっくりと物事に慣らされて、環境の変化や危機に対して鈍感になり、気づいた時には致命的な事態に陥っている状況がいまなのだ。
危機を危機と思わなくさせ、愚鈍にさせるのは、オールドメディアの常套手段だ。
NAGOMI(一般財団法人外国人材共生支援全国協会)という組織がある。最高顧問は、二階俊博氏・元自由民主党幹事長、武部勤氏が、代表理事・会長(公益財団法人東亜総研理事相談役)を務めるなど、顧問・評議員・理事には、なるほどねと思う人物が名を連ねる。
アジアの安定と日本の持続的成長のために「グローバル人材共生ネットワーク」を全国各地域に展開し、政府や都道府県等と連携して、技能実習生をはじめ外国人材を適切に育成・保護・支援し、差別のない多文化共生社会の実現に寄与するという。
グローバル・多文化共生など、耳当たりのいい言葉が並んでいるが、所詮、人手不足の短絡な解消に過ぎず、全国知事会のバックアップで、強力な移民政策を実行計画に移している。全国知事会も政府に要請書を提出済みだ。
しかしその政府は、農業政策を始め、グローバル化の名の下に、減反や規制を強めている。
日本の食糧生産を、生産者の立場や国民の側に立って考えてなどいない。
日米貿易協定などにより、大量の農産物が流入し、後継者が出来ず、高齢化が進む。だから移民政策が必要だという。
「馬鹿か」。
他国に比べて食糧自給率が極端に低いのに、生産者を圧迫する政策を採り、その基盤を縮小させておいて、何がグローバルだ。食糧安保の基礎が全く分かっていない。後継者が不足しないように補助を出せば良いだけだ。
農水産省の基本認識を抜本から変えないと、中・長期の日本人のための食糧安全など出来ようが無い。
ことの本質をしっかりと見るためにどうする

外国人の移民政策の失敗は、今も進行中のアメリカを始め、完全に庇を貸して母屋を取られてしまった、イギリス、ドイツ、フランスなどの治安の悪さを見れば判る。
国そのものが乗っ取られようとしている現状に目を見開け。
大量の外国人移民で、国が、国で無くなった。その「反面教師」の有様を、メディアが正確に報道していたら、日本は全く問題がなかったのだが、そうでは無かった。
このままでは、日本の国家としての纏まりを破戒する勢力に引っ張り込まれてしまう。
アメリカ民主党が票ほしさから、730万人の不法移民を受け入れた。その肝心な本質を蔑(ないがし)ろにして、日本人の多くは、オールドメデイアに情報を封印されたままだ。
国家分断の原因は、オバマ、そしてバイデン政権にあった。その裏にいる、ジョージ・ソロスなどの、「国」があっては邪魔な思想を持つ連中が、金融資本で利得した資金で、アメリカを分断しようとしている。その本質をじっくりと把握することだ。いい加減に判れよ。
トランプの力にものを云わせる「ジャイアン」のようなやり口は、気に入らないが、トランプがいくら頑張っても、国家の分断の危機はこの先も更に拡大するはずだ。
理由は、Harvardを始め、アメリカの有力大学の殆どが、中共やフランクフルト学派(マルクス主義の亜流)に染まり、その教育を受けたインテリと称する階層と、トランプ大統領が掲げる「アメリカファースト」政策とトランプを支持する層とは、ガチンコでぶつかる。
ピルグリム・ファーザーズ以来のキリスト教的伝統に基づく「アメリカ文化」、家族の絆、信仰、武器携帯の自由、自己責任を重んじる価値観が「アメリカファースト」共和党保守層を支えている。
最近、今までトランプを支えてきた、タッカーカールソンやマージョリー・テイラー・グリーン、世界で最も影響力を持つアメリカのポッドキャスター、ジョー・ローガンなどが、イスラエル・イランへの対応などで、トランプ支持から去った。
対イスラエルの狂気の施策に同調しなければ、キリスト教福音派や、ユダヤ教を背景にしたイスラエル・ロビー (AIPAC) などを敵に廻しては、選挙に勝てないという、トランプが抱えるジレンマもある。
宗教・文化の違いの深さと断絶を甘く見てはいけない。「共生」などと言う安易な言葉に踊らされている軽薄者は、歴史から何も学んでいない。
中途半端に、株式投資や、金銀のコモディテイで、儲けている、中途半端な日本人に限って、
「これからはAIとグローバルな時代」だなどと、判ったようなことを言う。
今さえ良ければ後のことは考えないという典型的な60代、70代、80代の日本人。目先の株投資で儲けたつもりが、いつの間にか、土地が買い占められたり、生活環境の土台が崩れては意味がない。仮にあなたの「今」が良くても、あなたのツケは、その子や孫が支払うことになるのだ。いい加減判れよ。
国家の敷居を取り払って、グローバル化した、その果ては、1%の金融支配者と、残り99%の被支配者となり、一握りの金融グローバリスト達によって、世界が全体主義に支配される危険がある。個人の自由も、権利もない。現在の中共をイメージすればいいだろう。
本来の自国の文化と伝統を護って初めて、国民のナショナリストとしての権利と自由が護られる。その土台の上に、限定的なグローバリズムであるべきなのだ。国民一人一人の立ち位置すらも奪ってしまう無防備なグローバリズムは危険だ。
多くの日本人は、自分が安住できる住処(すみか)のありがたさは、空気の様なもので、ただで手に入ると思っている。しかし、一度失われた国家の形は決して修復不能だ。
これら日本そのそのものを抹消してしまいたい勢力が、日本人の中にいる事は事実である。
昨今の「女性宮家」や「皇位継承問題」など、歴史的事実を無視した意見が、世間を騒がせている。
有識者とかいう「もの知らず」が、無責任な暴言を吐いているが、「もう一つの天皇家と呼ばれる『伏見宮』の存在」をしっかり勉強してから意見を吐いてもらいたい。
日本の伝統は、旧弊にとどまることではないが、ことの一番大事なところを破戒してしまうと、日本人としてのアイデンティティーそのものを失う。
どうする省吾……、だからこうする。

次世代のために、後半生のすべてをかけて60歳を境にして、コンサルタント業を休止し、次世代のために、重層的な小説を書き綴っている。先に述べた「永別了香港」をはじめとして、長編歴史時代小説・四季4部作「春のみなも」「夏の熾火」「秋の遠音」「冬の櫻」 や「風浪の果てに」や、現在は、宇良守金吾という、孝明天皇の甥が、幕末に大活躍する 「初音の裏殿シリーズ」(怪物生成」「破天荒解」「深慮遠謀」「愛別離苦」)を第四巻まで上梓している。第五巻「和而不同」 を執筆中だ。
これら作品は、高度成長時代の単純で読みやすい歴史物語とはその視座は全く違う。私はこれを「シン歴史時代ドラマ」 とネーミングした。
「初音の裏殿シリーズ」 では迫り来る日本への外圧、彼らにとって、日本はグローバリズム達成のための拠点にすぎなかった。彼らと戦うには、自立できる確固とした組織内の団結と日本を護るナショナリズムの醸成が必要であった。
主人公宇良守金吾が率いる「宇良守軍団」は「攘夷、攘夷」と叫ぶ、狭量な烏合の衆とは全く別次元の組織であった。
ナショナリズムとグローバリズムの一方に偏れば、それは却って国民にとって不幸になる。
「使い分け」のしたたかさを、宇良守金吾の行動から学んで貰いたい。
私の小説を読んで頂ければ、どう生きるかというその大事な「方向性」を、楽しみながら頭の中に入ってくるはずだ。
それが私の目指す新しい視座「シン歴史時代ドラマ」 という歴史小説の本質が判ってくる。
但し、日本のような島国社会では、右翼も左翼も、忽ち「ムラ社会」になってしまう。そこから弾き出されると、人生終わりになってしまう。だから、私のような「失うものが何もないような老人」が、渾身の力を絞りしだし、頭もキレキレにして頑張らないと、日本の真の独立はない。
そして、私のもう一つの役割は、日本人の日本人のための「哲学」を構築することである。
哲学は、毎日のつらいことやなやみを乗りこえ、「自分らしく生きるため」の武器だ。だから生きる為の哲学は、難しい学問に祭り上げてはいけない。
そういうものがなければ、私が新しい哲学を作り出せば良い。
「大きく出たな」と言うなかれ。
作り出すといっても、先人達の辿った「本質の跡」を、謙虚になぞっていけば、いろいろなものが見えてくる。
私は天才ではない。凡人だ。
世界中の天才数学者たちを悩ませ続けた「フェルマーの最終定理」が1944年、350年もの時を経て、イギリスの数学者アンドリュー・ワイルズが、日本人数学者の考えなどをヒントにして、ついに証明を完成させた。「絶対に存在しない」ことを「無限にあるすべての数」について証明しなければならなかったが故に「天才」達が挑んで出来なかったことだ。「ない」ことを証明するのは、途方もなく難しい作業だ。しかし哲学にはそのような一つの「解」はない。
だから、難しいことは考えずに、ことの本質を「そっと裏に回って覗いてみる」。
そしてそれらを足したり引いたり、視座を変えてみたりして、日本人が、日本という風土で暮らした結果得られたエキスを、様々な思想と比較し、時に引用して、作りあげる。
ソクラテス、プラトン、アリストテレスのギリシャ哲学の表面だけを見ても、そこに隠されている「闇」は見えない。西欧諸国が21世紀の今になって抱え込んでしまった大きな亀裂・元凶がそこにある。
仏教の成り立ちから、各宗派の根っこの思想、禅に至るまで自学したが、やっぱり「空海」を置いて、壮大な仏教哲学を上回る思想はないと思っている。
朱子学も、陽明学も自学した。
古事記、日本書紀のその先、縄文の精神が、日本人の精神性に深く結びついていることはよく分かる。ならば、我々はその精神を「哲学」まで高め、汎用性を持たせ、日本人が、哲学として実践出来うる思想にしなければならない。
それは、同時に厳しい世界環境を生き抜いていくために必要な「哲学」でなければならない。
私のなかでようやくまとまりつつあるこの「哲学」は、私が作りあげたものではない。
多くの日本の先人達の英智を統合したものだ。
そのヒントは「古神道」の中にあった。「古神道」というと誤解を招くので、縄文以前からの「固有信仰」と言った方が正しい。あらゆるものを包含してしまう強力なパワーを持つ。その部分が私の提唱する、日本人の日本人のための「哲学」の骨格だ。
上梓の際に全体像が明らかになるだろう。
間違って貰っては困るので、蛇足だが「国家神道」とは全くの別ものだと言っておく。
また、敗戦後、GHQの指導で、政教分離が図られ、儀式やしきたりの主宰者である神社本庁よって運営されている「神道」とも大きく違うのは当然のこと。
哲理的随筆集「言挙げぞする」を上梓して8年になる。
その時、遠慮して書かなかった、あるいは熟考不足で書けなかった、更なる核心部分を「春吉省吾の実践哲学」としてそろそろ纏めよという啓示のようなものに突き動かされて、思考を更に先鋭化したい。
上梓するまでには、2年はかかると思うが、ご期待あれ。
令和8年7月13日 春吉省吾

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