①はじめにお知らせです
本当は、この時期に、「司馬遼太郎氏の功罪」というタイトルで、日本の社会文化論の電子書籍を上梓するつもりでしたが、諸般の事情で延期せざるを得ませんでした。この2ヶ月半、様々な事が重なって、電子書籍の執筆を取りやめています。
私にとっては最悪だった令和7年の4月・5月の近況を御報告します。
これは、愚痴では無く、誰にでも起こりうる事なので、敢えて皆様に御報告しようと思い立ちました。
と言うわけで、この2ヶ月ブログをアップできない状況が続きましたが、私は至って元気で、東京を離れた一日半以外は、一日12時間以上パソコンに向き合って、PCの新システムを構築しながら「初音の裏殿・第四巻~愛別離苦」を執筆しています。弓道と居合の稽古も、下手ながら何とか「本質を掴みたい」と継続しています。
また後述しますが、力仕事も色々とやりました。
現在執筆中の「初音の裏殿」シリーズが完成すれば、幕末歴史時代小説の概念が変わると信じて執筆していますが、その評価は、私の生前には難しいでしょう。現在の中高年の方々は、失礼ながら、日本人がおかれている危機を実感されておりません。長い間、日本国民の間違った教育指導、オールドメディアの国民洗脳によって、大局的に物事を考えられなくなっています。中途半端なプラグマティズム、拝金主義に犯されているので、余程の自己努力が無いとその呪縛を解くことは出来ないでしょう。私の造語ですが「豆腐脳」に堕ちた人間は、実は被害者でなく、加害者でもあるのです。現状を他人任せで考えもせずに生きている事は、真剣に考えている方々には迷惑であり、回りまわって、それが自分の首を絞められていることに気づいたときに、ジタバタして却って事を悪化させます。
この連作「初音の裏殿」超長編幕末歴史時代小説は、サバイバル日本を担う、次世代の方々への「知的・戦略」の指南書になるはずです。
今回の「初音の裏殿・第四巻~愛別離苦」は、5月末現在、冊子仕立てで284ページまで書き進めています。薩摩藩嫡嗣、島津斉彬とガチな交渉をして、琉球那覇の在藩奉行の邪魔が入らないように、滞在許可を認めさせた天才・宇良守藩六千石嫡男、宇良守金吾。
これでいよいよ、琉球王女、真麻刈金こと秋月と主人公金吾の間に授かった、宇良守憲吾を日本に迎えるための準備が整いました。秋月を日本に連れてくるという約束を五年越しに果たすのです。
長い道のりでした。そのために金吾は、精製樟脳、紅茶、煎茶の加工販売を模索し、藩財政の建て直しのために奔走しました。
「いざ琉球の秋月のもとへ」
未だ見ぬ実子憲吾善永との対面も俟たれます。
この先、金吾の運命はどう変わるのでしょうか?
それは読者のみのお楽しみです。


②戦後は「吉田茂の過信」から始まった
以下、執筆途中の「司馬遼太郎氏の功罪」という、電子書籍のテーマについてごく簡単に記載しておきましょう。
私が「初音の裏殿」シリーズを執筆している理由も、ここに尽きるからです。
敗戦後80年、現在に至るまで、日本の社会構造は、大きく変容していますが、その間、社会構造の変節点が5つあるという仮説で話を進めます。
その始まり、
一つ目は、戦後「吉田茂の過信」です。
田はGHQのマッカーサーと組んで、敗戦後の日本の独立を模索したのですが、トルーマン政権の下で国務長官顧問に就任し、対日講和を担当することとなったジョン・フォスター・ダレスの実力(彼の人脈や背後の組織)を甘く見てしまいました。田は、マッカーサーに頼り過ぎました。
日本は、その後80年間、宗主国アメリカの「罠」から抜け出すこと無く、現在「最悪の状態」に陥っています。実は、独立機会は何度もあったはずなのですが、田が忌避しました……。
その辺りのことは、昭和天皇が一番御存知だったはずです。
ジョン・ダレスは日米安全保障条約の「生みの親」で、ジャパン・ロビーの総帥であり、ロックフェラーなどの金融界とも深い繋がりを持つ人物で、アイゼンハワーが大統領になると、国務長官に就任しました。
彼の実弟は、アレン・ウェルシュ・ダレスで1953年、共和党アイゼンハワー政権の発足に伴い文民で初めてCIA長官に就任しています。
アレン・ダレスによって、トルーマン時代まで情報収集を主要な活動としていたCIAが、彼の得意分野である暗殺や破壊工作・謀略などに主眼を置く特務工作機関として再編され、人員・予算ともに合衆国の国家戦略を左右する程の巨大組織と化したのです。
(国務長官とCIA長官を兄弟で牛耳るって、最強!!)
日本の検察組織、自民党や、NHK、読売新聞、朝日新聞、大手出版社など(CIAの手先がいっぱいいます)に及び、その影響力は現在も続いています。逆らえば、社会的地位を奪われ、命までも狙われます。
但、現在日本の政財界、オールドメディアが厄介なのは、上述のいわば単純なCIA工作から、更に複雑になっています。
金融資本とグローバリスト、戦争大好きなネオコン(米国における新保守主義Neoconservatism、ネオコンサバティズム 略称:ネオコン・名前は格好良さそうだが恐ろしい集団。民主党だけで無く共和党にも存在する)と関わり、日本を資金源として、骨の髄までしゃぶろうとしています。
国民を煽り、郵政民営化を実現させた、小泉純一郎や竹中平蔵は、金融グローバリストの使い走りに過ぎませんでした。日本人が汗水たらして蓄財した、虎の子の「ゆうちょ資金」340兆円は実質ウォール街の管理下に置かれました。売国政治屋ですね。
さらに恐ろしい事があります。日本の財界、政界(自民党・公明党、日本維新など)政官、マスコミの指導者達が、中共の「罠」に嵌まって、あり得ない利益供与をしています。岸田文雄内閣もひどかったが、石破茂内閣はハチャメチャで日本人の敵です。
(一般公開はここまでにしておきます。日中記者協定や国防動員法など、中共のヤバさを過小評価している馬鹿なリーダー達によって日本は完全に乗っ取られてしまいます。私は、肌で感じますが、国民の多くは「しょうがない」で、我関せずなのですかね。完全洗脳状態です。日本がアメリカ、中共の草刈り場になって、現在ほぼ六割近くが、そのように進行中です。
③「司馬遼太郎氏の功罪」というタイトル
その二つ目は、「司馬遼太郎氏の功罪」という表題で括りました。
敗戦後から十数年経ち、朝鮮戦争で大きく、経済成長した日本に対し、宗主国アメリカの実質的な日本植民地政策は変換点を迎えます。
アメリカ民主党のケネディ大統領の日本政策によって大きく方向転換することになりました。
六十年安保改正を迎える前後に、アメリカ民主党ケネディ政権による、宥和政策、日本統治のソフト路線へのシフトが始まりました。その実行者としてライシャワー・アメリカの日本大使が選ばれました。ハーバード大学教授で日本学(日本語も中国語も堪能)の研究者です。再婚者は、第六代総理大臣松方正義を祖父にもつ、松方ハル(種子)という方です。
日本大使にライシャワーを選任したケネディの取り巻きは、見事な人選をしたと感心しています。
当時の日本の若きエリートと目される者たちは、フルブライト奨学金やロックフェラー財団からの留学援助によって、アメリカ留学を体験しました。彼らはアメリカ文化を至上のものとして受け入れる素地を長期計画で仕込まれました。
ケネディ暗殺後、ベトナム戦争の泥沼化によって激しい戦争批判はありましたが、留学を経験した日本のエリート達は、アメリカ文化そのものについて深い考察をしなかった、いやできなかったのです。アメリカの対日政策については、日米安保条約に反対をしても、それは実に甘い判断に留りました。彼らにとって、自分たちを育ててくれた、アメリカ物質文化は「光輝くもの」だったのです。
彼らが、帰国後、様々な分野で社会的地位を得て活躍しました。それが日本グローバリストが跋扈する原因となっています。その系譜は今も続いています。一度刷り込まれると、その間違いに気づいても、殆どの人間はそれを修正することはないでしょう。それが出来れば、人間として一流ですが、それが出来るのは0.5%もいないでしょう。
アメリカが、ソフト戦略で日本を次のステップに上手に誘導したその軌を一にして、司馬遼太郎氏の「竜馬が行く」という作品が、多くの日本人に受け入れられました。1962年6月21日から1966年5月19日まで「産経新聞」夕刊に連載されました。
彼は産経新聞の文化部記者出身で、司馬氏が意識しようとしまいが、戦後日本の大きな日本統治の方針転換、高度経済成長期と一致し、日本人の意識を変えたのです。
ちなみに、司馬氏が認めているように「竜馬が行く」のネタ本は、マリアス・ジャンセンというプリンストン大学の「坂本龍馬と明治維新」という幕末を考察した著書です。ちなみにジャンセン教授は、ハーバード大学教授時代のライシャワー氏の愛弟子です。
時、同じくして、開高健氏、山口瞳氏などを表看板にした、サントリー文化が日本を覆いました。
1964年の東京オリンピックから日本は高度成長で、Japan as NO1 とおだてられ「アメリカの属国」ということを忘れたように振る舞いました。 もともと、日本民族は優秀な民族ですから、目標が定められたら遮二無二突っ走りますが、どうもせっかちです。
明治以来、本来日本人が持っていた、仏教を(本来の仏教とは全く違った異教に近く)変容させた「日本仏教」、儒教を(泥臭さをそぎ落とし)純化させた「日本儒教」(伊藤仁斎、荻生徂徠に代表される)など、本来日本人が培った哲学をいとも簡単に放棄してしまいました。
明治以来、エリート達は、欧米の文化に憧れ、薄っぺらになり、調子に乗り自己を深く見詰めることはしなかった。
私の「心身経営学講座」は、こういう状況を見越して、2000年(平成12年)に、中小・中堅企業の経営者を対象に、講座を開きましたが、早すぎたようで、反応は鈍かった。
私が60歳から、長編歴史時代小説を執筆したのはそういう背景もありました。
④プラザ合意という恫喝と日米半導体協定
三つ目の節目は、1985年9月22日にニューヨークのプラザホテルで行われたG5(先進国5カ国:日米英仏独)の蔵相・中央銀行総裁会議で合意された、為替レートの安定化に関する合意事項です。
宗主国のアメリカが、主導権を奪われては大変と、プラザ合意という恫喝で、日本の景気に厳しい影響を与えました。時の大蔵大臣は竹下登です。
金融グローバリズムの歯車として、完全に日本経済が取り込まれたことを意味します。
また、1986年に日米間で締結された、日米半導体協定によって、日本の半導体事業は、将来のIT産業に繋がる目を徹底的に潰されました。
市場における外国製半導体のシェアを20%以上に引き上げる目標を設定、この協定は、1996年に失効しましたが、これによりMicrosoftの独り勝ち、韓国のサムソンの伸張、台湾のTSMC (台湾積体電路製造)が、半導体の受託製造(ファウンドリー)で世界最大手の企業にのしあがる下地が出来上がりました。これは効きましたね。未だに立ち直れません。
ま た、日本航空123便墜落事故は1985年(昭和60年)8月12日に起こりました。この事故の原因は未だに闇の中です。当時の首相中曽根康弘も亡くなり、読売新聞之渡邊恒夫氏も亡くなって、闇は闇の中に葬られたままです。
と言うわけで、現在日本がこれだけ疲弊した原因は何か?
詳細は電子書籍「本編」完成までお待ちください。
戦後80年、アメリカの日本統治政策に慣らされ、同時に対中共に対する様々な不平等な取り決めや条約、歪なまでの無批判と迎合は、政官財とマスコミによって作りあげられたものです。
いずれも脅しや欲望や銭に、日本を売ってしまった輩が、日本を食い物にし、日本人を彼らの欲のために盾にして、利得したもので、本来、全ての日本人に還元されるべき資金です。
正しい歴史は常に隠蔽され、お飾りの政治家達は、その裏で動く者たちの言いなりとなり、マスコミ、経済的利得者=大企業は、陰の支配者が作ったシステムに踊らされ、完全に取り込まれています。何も知らない日本国民の多くは、余りに日本政府を信用しすぎました。
その日本政府のシステムの先導励行者は「元大蔵省・現財務省」のエリート官僚達です。
本来政治とは解のない問題に取り組む柔軟で創造的な哲理を持った政治のプロが行わなければなりませんが、日本の政治家は、四流以下で、肝の据わっていない「最低の政治家」ばかりで、日本はメチャメチャになってしまいました。それに代わって、エリート官僚達は答えの出る問題ばかりを学んだ東大卒業者達が、国民から選ばれた政治家(屋)に代わり、日本の政治を牛耳っています。答えの出ない政治的問題の対処は、官僚達が一番苦手な分野なのです。そういう官僚が、政治のシナリオを作っているものだから問題解決力の無い国家が出来上がってしまったわけです。先例を盾に、決して冒険はしない(出来ません)し、二世三世のアホな政治家に頭を下げ、後ろを向いて舌を出しています。
マックス・ヴェーバーの「最高の役人は最低の政治家である」という至言があります。まともな創造的政治家よ出でよ!!
彼ら官僚が作成する法令は、彼等にとって都合のいい「抜け穴」が仕込まれていますよ!!
歴史的な題材を経済面から考証した歴史経済分野の第一人者、佐藤雅美氏が6年前に亡くなられた。一度お目にかかりたかった作家のお一人だったが、その佐藤氏にしても、「今」を切り取って、政治経済・金融、社会事象について論述した足跡は見当たりません。(ひょっとして、私が見落としているのかもしれませんが、そういう論文があれば教えていただきたい)
本来、「歴史時代小説家」は、今、我々が生きている経済事象について、学窓の経済・金融学を鵜呑みにしてはいけないと、読者や国民に対して啓蒙すべき役割があります。なぜなら、経済学、金融学には、肝心な事が書かれていないからです。それが出来ない「歴史時代小説家」は、私にとっては無意味です。
「日経新聞」を読むと、かえって経済が判らなくなります。何故って、上述したように肝心な事を避けているからです。
私はこういう視点で、戦後日本の、アメリカの対日本文化・経済統治と、中共の手法を探り、具体的な対策まで含めて論究してみたいと思っています。日本が崩れていく現実に耐えられません。
⑤4月・5月に起こった悪夢
購入して六年目に入ったPCの調子が、3月から悪く、そろそろ買い換えの時期だなと思って、見積を取り寄せていました。
(株)ノークとは別にノーク出版として個人事業形態で経営もしています。それが終わったら、PCを買い換えようと思っていました。
1年分纏めて仕訳記入し、決算業務と申告書を作成しています。その時間は、執筆作業は数日お休みです。8月決算の(株)ノークの決算青色申告も私独りで仕上げます。確定申告は無事終わりましたが、焦って会計年度を更新しようとして、重複して口座を作ってしまったようで、それを解除しようと「マネーフォワード」という会社に連絡しようとしても電話対応が無く、AI対応とは名ばかりのチープな問答で、同じところを回るだけの回答です。結局1年分の利用料をDoubleで請求されてしまいました。
このソフトを4年使っていましたが、解約しました。次年度は前に使っていた「弥生会計」に移行しすることにしました。
この間、頭がかなり疲れていたようです。迂闊でした。PCの不調の兆候が現れているにもかかわらず、「2025一太郎プラチナソフト」をインストールしてしまいました。しかし印字したその先から、印字が消えてしまうという現象が発生。
ジャストシステムと連絡を取りましたが、原因わからずでした。但し、新しくPCを入れ替えたらこの現象はなくなりました。
⑥カード、ハッキング
PC不調の間、カードが不正に利用されていますというメール連絡が入りました。不正利用は100円×2回で、当初は迷惑メールかと思いましたが、本当のようなので、カード変更の手続きをしました。放っておくわけにはきません。
世界中のハッカー達が、手当たり次第、無作為に不正アクセスをして獲物を狙っている世の中です。私のカードが、たまたま「ロシアン・ルーレット」に引っかかり、ババを引いてしまったようです。いずれにしても、被害が軽微の内にカードを変更することにしました。
新しいカードが来るまで、10日ほどかかるということでしたが、Suica機能も付けてあったので、その間、カードでの交通機関は利用できなくなりました。
カードハッキングは、誰にでも起こると思います。
デジタル決済に頼り切ると、使えなくなったときにパニックに陥ります。昨年スーパーで、携帯の電子決済で支払おうとして、起動しなくなったことがありました。現金を持参していたから良かったものの、そうでなかったらと、ぞっとします。
日本政府は、いつの間にかマイナンバーカードに様々な機能を統合しようとしていますが、危険です。紛失、盗難も危険ですが、そのデータベースの管理方法がどうなっているのか?
マイナンバー制度は、分散管理されていて個人情報はひとつの共通データベースで管理されることはありませんという事ですが、本当でしょうか?そんなことを発信する「デジタル庁」そのものに対する不安と不信があります。「デジタル庁」は、データのサーバを何処に委託しているか、その委託先がどういう企業なのか、皆さん不安を感じませんか?
LINEのデータ流出が何度も起こっていますが、そのデータは韓国経由で中共に……という噂が絶えません。
マイナンバーカードが、保険証、免許証、税務申告、金融取引など「共通データベースで管理しない」ということであれば、それを国民に「ブロックシステムを用いたシステムとしてデータを統合できないようなシステムになっています」と明示しなければなりません。
出来ないでしょうね、そんなことはしていませんからね。
⑦PCが壊れた、初期化も出来ない
とうとうPCが壊れました。3日間悪戦苦闘し、随分と専門的なことまで試みましたが遂に初期化も出来なくなってしまいました。
何とか、ノートパソコンで当座の処理をして、新しいPCとモニターも注文しました。最新のグラフィックボードで、メモリー64メガを搭載。映像編集にも十分に対処出来ます。
日常的なフォルダーはほぼ更新していたので、執筆中の小説や、随筆・論文などのデータは喪失しませんでしたが、メールアドレスだけは、一年半前の保存しかバックアップしていませんでした。
気持ちを切り替えて、京都で行われる弓道の教士中央審査のために、前日の5月3日、京都に向かいました。
行くときにJR山手線が遅れて、新幹線の切符を確認しようとして、通行人とぶつかって切符が飛ばされ、エスカレーターに挟まるなど、不安な出足でした。
無事京都に到着し、bookingCOMで予約していたホテルにチェックインしようとしましたが「予約がキャンセルされてます」と言われ真っ青になりました。「どういうこと」とパニックに陥りました。連休でどのホテルも満室なのです。支配人に頼み込んで、何とか一部屋確保してもらいました。倍以上の料金をとられましたが、野宿はできません。
後日、この原因は、カード変更手続きの間に、引き落とし出来ず自動キャンセルになったと判りました。(同じようなことが、アマゾンでも起こりました。原因などお構いなしで、結果のみの判定ですから、実にひどい高飛車な経営ですが、日本市場は乗っ取られたような状態ですから、対処無しです)
なんとかホテルを確保したので、当初予定の、歴代天皇の墓、陵のある、泉涌寺と、その別院、雲龍院見学に出かけました。雲龍院は「初音の裏殿」で、宇良守家の菩提寺として設定した寺院です。
東福寺駅で降りて、地元の方しか利用しないような食堂に入ったのですが、何とそこに、中国の家族がいました。ここまで中国人がいるのかと驚きです。
先月、二年半ぶりで地元の銭湯に行きましたが、三人組の若者がいて、話すと中国人と判りました。かつては中国人なら、瞬時に判別できたのですが、今は日本の生活に溶け込んでいるのか、判別がつかなくなっています。それにしても地元民の専有銭湯と思っていた場所まで、中国人が同化しています。
初音の裏殿の第三巻「深慮遠謀」そして現在執筆中の第四巻「愛別離苦」の舞台となっている雲龍院から、皇室の菩提寺の泉涌寺へ。後月輪陵(のちのつきのわのみささぎ)に祀られている光格天皇の 御陵に祈りを捧げてきました。参拝客は誰もいませんでした。
最後は砂利道の一番高い場所にある孝明天皇陵に参ってきました。ここも誰も居ませんでした。お清めの水も止められ何とも空虚な空間となっていました。宮内庁はどんな管理をしているのだろう。
⑧弓道審査、自分では満足の射でしたが……
弓道教士審査の結果ですが、束(そく)りましたが、一次通過しませんでした。私のブロック、第一射場で途中90名までの第一次合格者は2人でした。二射場は4人、三射場は2人、全体の750 人でも、一次合格者は、2パーセント台でしょう。その後二次審査もあります。今回の私の射は結構、鋭く大離れができたと思うのですが、評価されなかったので、次回まで徹底修正します。
昨年から中国明朝の弓術書「武經射學正宗(ぶきょうしゃがぐせいそう)」と「武經射學正宗指迷集」を熟読しています。日本の和弓とはその構造や射法は違いますが、力の働きや体軸の作り方などは、同じで、色々と楽しんでいます。
居合もそうですが、微妙な手の内の働きと、骨格の作用、力の働きで、鋭さが変わります。まあこの先、老いとの戦い、また立射のハンディを補ってどこまで頑張ることができるかです。
以上、今回の京都でのご報告です。それにしても、京都は外人と中国人の群れの中に、日本人か居るような感じ、新宿駅よりもひどい。できれば来年はこの時期行きたくないです。
⑨肉体労働が身体に堪えた
4月、5月と、地下の本の整理をしていました。作品を仕上げるために収集した古書や資料本や、もう読まない本を整理して、段ボール11箱分に梱包して、古書店へ送りました。神田の古書店に持ち込めば高値の本ももあるでしょうが、そのような時間的余裕はないので、送ったところ、何と全ての金額が1200円でした。納得いきませんでしたが、本の評価とはそんなものだろうなと思っています。併せてクラッシュしたPCや駐車場に置いてあった古いPC(3台)、モニター(3台)、プリンタ(5台)などの廃棄の手配もしました。梱包作業も独り作業で大変な重労働です。
ついでに気分転換の為、作業場の絨毯の張り替えもしました。先週、細い路地の雑草や笹の伐採などもして、年齢以上の重労働をして、腰、肩、肘にその後遺症が現れました。弓がまともに引けず、当たらなくなってびっくりしました。
つい先日まで、疲れが取れませんでしたが、ようやく回復しました。
散々な、4月5月で、連休どころではありませんでしたが、一昨年、突然病気が見つかって、以来、3ヶ月毎に、慶応病院に検査に通っていましたが、5月16日の検査で、「大丈夫のようだから、次回の検査は一年後にします」と言われ、一安心です。
これまで医者も病名を明かさなかったのですが、何やら難しい病名を初めて告知されました。急いでメモして後からサイトで調べたら、二百万人に一人の珍しい病気のようです。道理で、町の整形外科の医師が、何も言わずに慶応病院の紹介状を手渡したわけがよく分かりました。
まあ4月、5月に起きた一連のトラブルは「厄落とし」のためで、再び復活する為の「A New Beginning」と前向きに考えています。PCシステムを新しくして、セキュリティも強化しました。まだ、未完の超長編作品が残っていますから、長生きせねば……。それにグタグタに疲弊し錆び付いてしまった日本の社会構造を「物書き」を通して、是正する糸口の一助になれば本望です。ごまめの歯ぎしりと言われてもです。
令和7年6月9日 春吉省吾
〈文中、公的役職の政治家、歴史上の人物には敬称を省いています〉