「秋の遠音」余話 作家・春吉省吾の矜持  VOL.69

●7月14日、午後3時の新宿南口。こんなに人通りの少ない風景は初めて見た。東京都も政府も感染拡大を抑えるためにもっと危機意識を持ってと言うが、危機意識を持たなければならないのは果たして、国民・都民なのだろうか?責任の倒置が起こってはいないか。

●7月20日午前中、ウォーキング・ジョギングに立ち寄るいつもの公園。人がいない。「コロナ禍」がここまで刷り込まれると、考えることを止めてしまう。今のところ国際医療福祉大学の高橋泰教授の新型コロナの臨床に関わる論文が一番説得力がある。それでも、欧米と日本の重症者・死者数の乖離は説明できない。他は推して知るべし。ともあれ無責任なあおり報道は止めてほしい。

●夾竹桃・経口毒性が強い。公園の遊具を必死になって除菌するならば、こちらを別な無毒の植物に植え替えるのが先のような気がする。子供が触って口にすれば危ない。

6月に上梓した、四季四部作・長編歴史時代小説「秋の遠音」について、その裏話を何回かに分けてお話しします。
先ず、「ノーク出版」のコンセプトを明確にしておきます。このブログを借りて何度もお話ししていますが、「ノーク出版」は、一人の補助者もなく運営している出版社で、おそらく世界でたったひとつの出版社です。どんな零細企業でも、パート社員や外注業者はおりますが、ノーク出版は一切なし。一人で数十人分をこなしています。同時に、作家「春吉省吾」独りの出版社です。勿論、「出版社」と「作家」と双方の機能は当然違います。そこが悩ましいところです。
頼みは、友人のアドバイスと、熱烈な「春吉ファン」のみです。

今回、「秋の遠音」の販売にあたり「ノーク出版」は、日販・東販の下請流通会社を通して販売することを止めました。弊社のネットショップ(カード決裁用と後日決済の2種)とアマゾンの販売だけにしました。これまで、数年経ってから書店経由で配本が戻って来るようなことが多々ありました。配本も、入金もいい加減で、商売になりません。「出版社」と「作家」の全てを一人でやっている私にとって、心血を注いだ私の本が数年棚晒しにされ、管理もせずにゴミとして突き返される、その悔しさを身に染みて知っている唯一の作家だと思っています。

汚れて返品されてきた書籍をバラして廃棄する作業をしていると、魂が冒涜されたような気持ちになって、涙が出てきます。一般の作家は、こんな現実には決して立ち会うことは無いので、この気持ちは全く分からないでしょう。
時流に乗って、売れている作家の方々は、このような出版・流通業界のいい加減な部分は、知っているのだろうか。知っていて声に出して批判しない先生方も多いでしょうね、きっと。
言論の自由を主張し、著作権云々を主張する作家達は、自作品が流通している「土台」が時代に合わず、腐っていることを埒外に置いてはいけません。プロの作家として、自分の作品本が、出版流通で、どのようにいい加減に扱われているか、そこから目を離さず、そのシステム改善にまで言及しない限り、プロとは言えません。様々なプロ作家の団体は、これら根本矛盾を率先して是正すべきなのですが、その能力は無いでょう。プロ作家団体の甘さです。マスコミに作られた、あるいは、大手出版社の販促活動で作られた虚像のプロの作家の中身のなんと空虚なことよ。

私も、前職で、いろいろな業態のコンサルタントを経験しましたが、このような旧態依然とした流通形態は書籍流通が最たるものです。大手出版社と大手流通業者のなれ合いは、日本の読者の為に百害あって一利なしのシステムとなっています。
地方の書店経営が成り立たなくなる根本原因がここにあります。良い本を紹介し、販売しようとする書店主も現在のシステムではそれも出来ません。「本屋大賞」など、読者・顧客のニーズを掘り起こそうとしても、実際の販売・配本する円滑なパイプが閉ざされては、抜本的な顧客掘りおこしは望めません。これを称して一般常識では「本末転倒」というのです。
発刊以来、数店の書店から「秋の遠音」の問い合わせがありました。
「流通のシステムは我が社も存じていますので、同条件で、直送しますよ」というと黙り込んで、
「流通を通さないと後々面倒だし……」と口ごもり、後日連絡します、で終わる。
私はその書店の店主にはっきり言う、「今の流通システムでは、貴店から下請けの流通へ問い合わせがあって、そこから弊社に連絡があり、その逆のルートで、お客様の手元に届く事になります、一週間以上かかってしまいます。貴方がもし、お客なら、購読意欲がそがれてしまうでしょう」
今回、複数の図書館からも問い合わせがあり、問い合わせだけで終わった図書館も多い。 
流通業者を通さないと、購入できない組織になっている行政の図書館がほとんどのようです。
今回、購入して頂いた図書館は、「伊達市立図書館」であった。英断に感謝いたします。
かつて経営コンサルタントの実務・黒子の立場にいた私としては、このような閉鎖的な出版業界の抜本的改革の妙案は持っていますが、これに関わると、春吉省吾としての作家活動が出来なくなってしまうので、今のところ封印しています。ご希望があれば何れ戦略・戦術を……。出版界の流通革命を起こすことが出来るかも知れません。

一方、「ノーク出版」から春吉省吾作品をより多くの方々に読んで頂くためには、新聞などの広告告知もしなければなりませんし、全国配本するにはそれに見合った冊子費用がかかります。とても捻出できません。現状の販売方法では、口コミで広がってもせいぜい読者は、数千人に留まります。一桁上の、数万人以上に読んで頂くためには、文庫本が良いのですが、それこそ、印刷資金が捻出できません。今のところ、多くの人にタイムリーに読んで貰うには、「電子書籍」をアップするか、あるいは春吉省吾の作品を良しとする中堅出版社に出版権を預け、春吉省吾の販売を全て肩代わりして頂くしかありません。
出版経営と、作家活動の両立は中々悩ましい問題です。

この度「冬の櫻」を全面改訂・修正し、4巻に分けて、アマゾンKindleに電子書籍として出品することにしました。誤字脱字を正し、言い回し、時代背景などを補正・修正しています。校正しながら不覚にも何度も涙を流しました。まあ、これでは校正になりませんが……。
他人の小説を読んでも、「資料」として読んでしまうせいか、感動はありません。というわけで、何回読んでも感動できる小説を書き続けることが、作家春吉としての役割だと思っています。
一人作業のため、誤字や用語の誤りがあり、読者の方々にはご迷惑をおかけしていますが、改訂新版では、全て訂正して上梓します。これから上梓する「電子書籍・Kindle版」が、現在のところもっとも「完全版」に近いものになります。
「ノーク出版」の経営者と、作家「春吉省吾」の、ジレンマは中々難しい問題ですが、とにかく、「小説作品」を完全にすること、新しい作品をどんどん創作すること、両方を同時に進行させることが、私の使命と心得て、楽しく作業をしています。数世代にわたって、何十万、いや何百万の方に拙著を楽しんで貰えることを固く信じて、コロナ禍の後、虚になりがちな日本人の心の癒しに少しでも関わることが出来れば本望です。
       2020年 7月20日  春吉省吾ⓒ

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「秋の遠音」読者の方々からの感想〈その1〉

●今から丁度6年前、下手渡取材の後、「つきだて花工房」に立ち寄って、一風呂浴び、帰る前に、駐車場から周囲の山並みを望む。

●今から4年4ヶ月前、取材で長崎から鳥栖経由で大牟田へ。JR特急「白いかもめ」の車窓に広がる「有明海」。

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既にお読みになった方、読み始めた方などから、お便りを頂きましたのでその一部をご紹介いたします。(掲載文は「部分」のご紹介です)
●立花種恭公の御子孫 立花種則様
「早速に読まさせて頂きますが全1260余頁、時にはその歴史的背景も学びつつ頁を進め、時には頁を戻すなどすると思いますのでゆっくり、じっくりと時間をかけることになると思います。
なお、登場人物紹介のなかに三池や下手渡などでお会いした方々のご先祖さまのお名前もあり、当家の先祖方を含めいろいろと思い巡らすこともあるかもしれません」(上梓できてホッとしています)
●一番最初に読了された 佐藤嘉一様
「まさに令和の時代を代表する感動的な大河小説に酔いしれました。先ずは心から御礼と感謝の意を申しあげます」(筆者としては、こそばゆい賛辞ですが、次の作品の励みになります)
●氏家与志生先生(神奈川の弓道の先生で、教士審査の控え室で偶然に隣となって、お母様が川俣出身と知りました)
「川俣で育った母は四季シリーズの三作を読み終えてから心待ちにしていた作品だけに、本が届いてから時間を惜しむように読んでおります。川俣が出たよ、小島だよ、と言っては喜んでいます。
私も母が読み終わってから読ませて頂きます。一昨年の秋に、両親を川俣の父方の叔母の見舞いに連れて行った際に、下手渡を車で通った事を思い出しました。その風景を思い出しながら読んだら楽しいかと思っています」(弓道教士の審査、お互いに頑張りましょう。しかし、今年は開催されるのかな?)
●屋山家の国家老、屋山外記の御子孫、漫画家で作家の屋山ひろし先生
「それにしても構想から資料集め取材、執筆と10年以上の歳月と費用をかけて完成までこぎつけた、その粘り強さ、決してあきらめない、放り出さない精神力に脱帽です」(屋山先生とは、義兄岩見政弘氏の紹介で10年前に、下手渡藩国家老屋山家の御子孫として紹介されたことを思い出します。86歳になられ、週4回人工透析をされておられるようですが、お元気で月一回福島県民紙の、福島民友新聞に「ややまひろしのろう漫日記」を連載されておられます)
●下手渡自治会長・渡辺好宏様
今から2年9ヶ月前、「秋の遠音」がまだ未完の時に、月舘町下手渡の「交流館」で、講演会をいたしました。この度、ようやく完成したことをお知らせすると、下手渡をまとめ、多くの方々にご購入頂きました。
「類い稀な長編歴史小説の完成には、先生の並々ならぬ信念が伝わって参ります。先生の目にとまり、片田舎の小さな小さな下手渡の存在が、全国にひろく知れ渡るとおもうと、とてもウキウキ、嬉しい気持ちが込み上げてきます。このような機会を頂いたことに深く感謝申し上げます」(こちらが恐縮してしまうほどですが、とにかく完成して良かったです)
●6日5日に福島民報社(福島県の2大県民紙の一方の雄です)の高橋雅行社長様からお電話をいただきました。ご夫婦で下手渡にいかれたことや、小手姫伝説などのお話をいたしました。西日本新聞社(福岡本社の新聞社)にも知人がおられるようです。PRよろしくお願いいたします。
(「秋の遠音」が縁で、伊達・月舘下手渡と大牟田の交流が太くなればいいですね。実は「秋の遠音」の中で、主人公吉村春明の4つ下の幼なじみの森泰(脩)は、破天荒でやんちゃな人物として描きました。印象の深い人物です。維新後、泰は自由民権運動に傾倒し、藤井孫次郎という人物と2人で、「福岡日日新聞」を創設します。現在の「西日本新聞」の元になる新聞社です。まさに、人間の縁はいろいろなところで繋がっています。「秋の遠音」下巻の372ページ参照)
◆「縁」と言えば、古河市兵衛(古河財閥の創始者)が、幕末に福島町(現在の福島市)で活躍しました。「秋の遠音」の主要人物の一人です。私がこの小説に取り上げなければ、埋もれてしまった事実です。これまで「井筒屋」「小野組」「古河」の関連を結びつけられなかったのでしょう。
◆その古河市兵衛の下で働いていた、清水清助という人物がいます。「秋の遠音」に登場しますが、この人物は、白河の「白清館」という製糸工場を創設した人物です。その妻が「みす」といって、河井継之助の母方の従姉妹です。河井継之助は西軍との戦いで長岡を荒廃させた戦犯として、戊辰戦争後、それを恨む者たちによって、墓石は何度も倒壊されました。一族に連なる者達は追われるように長岡を去りました。司馬遼太郎氏の「峠」などには決して書かれない、いたたまれない「負の歴史」です。人間の歴史はきれい事では済まないのです。
私の妻の母方の実家はこの「白清館」清水家の出で、清水清助は曾祖父、みすは曾祖母ということになります。長岡の郷土史家に尋ねても、そこまでは判明しませんでした。実子がいなかった継之助なので、血筋は大分薄くなっていますが、継之助と繋がっていることになります。
歴史は、表層だけでは判りません。だから、面白いのですね。それらを発見し、繋げていくのが、歴史・時代作家としての醍醐味です。 令和2年6月9日  春吉省吾
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「秋の遠音」本文中の誤字等は、随時上記HPの「新刊予告・執筆活動」に記載いたします。

「秋の遠音」はノーク出版ネットショップから!

 

弊社ネットシヨッブから購入された読者の第一号として5月27日に、読後感を頂きました。ご紹介させて頂きます。
「春吉省吾先生
有難うございました。まさに令和の時代を代表する感動的な大河小説に酔いしれました。
先ずは心から御礼と感謝の意を申しあげます。」
作者にとっては、ありがたいの一言です。こちらが感謝です。

5月26日に「秋の遠音」の上・中・下巻の写真をアマゾンにアップいたしました。当社からの出荷は6月の下旬になります。春吉省吾の作品群は、大きな出版社から上梓していれば、忽ち話題になっているはずですが、零細出版社(者かな)なのでそうはいきません。

「秋の遠音」を、多くの方にお読み頂くために、広く告知をしたいところですが、大手メディアに献本する意志はありません。かつて、大手新聞社・出版社にそうしたところ、2週間後に、アマゾンの中古本として出品されていたのにはびっくりしました。メディアと出版流通とのとんでもないサプライチェーンで、ズブズブのようです。日本「文芸村」の狭量な弊害でしょう。なんとも「見識」の欠片もない集団です。まあ立派な方もおいてでしょうが……。日本の文学・評論の世界は残念ながらこの程度です。

私、春吉は「秋の遠音」の主人公の吉村春明のように、慈悲心と凜とした心を持ち、地力でじっくりと「日本文化の縁」を作っていきたいと思っています。
読者の口コミだけが頼りです。よろしくお願いいたします。

                      令和2年5月29日    春吉省吾
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アマゾンなどのネット通販大手や書店に在庫がないときは「ノーク出版ネットショップ」から直接ご購入ください。全ての書籍は、多くの流通工程を踏まず、検品消毒済みで直送致します。
現在「四季四部作・歴史時代小説」シリーズ完結記念特売を実施中です。

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新刊「秋の遠音」はノーク出版ネットショップから購読を!

「秋の遠音」をはじめ、春吉省吾の書籍はノーク出版ネットショップからお求めください。四季四部作・歴史時代小説シリーズ完成を記念して、お得なキャンペーンを実施しております。 
さて、新型コロナウイルスのワクチンの開発が急務となっていますが、「コロナ禍」によって日本人の「心のワクチン」の不在が顕著になりました。
そのワクチンは、ずばり、春吉省吾の四季四部作・歴史時代小説+「風浪の果てに」をお読みになることです。
冷静な時代認識の長編歴史時代小説の威力で、短編では決してなしえない効能が得られます。また高度成長下の長編時代小説とは、その視座が大きく違っていることに驚かれるはずです。
特に、新刊の「秋の遠音」をぜひ読んで欲しい。主人公吉村春明は、慈悲心と凜とした精神力を持ち、様々な難局に立ち向かいました。読み進めると、外連のない「意思決定」とは何かが判ってくるはずです。歪んだ日本の中で、あなた自身の将来を守るため、春吉省吾の物語は、あなたの「心のワクチン」になるはずです。
現在、四季四部作・第一作の「冬の櫻」の電子ブック化のため、誤字や言い回し、解釈違いを含めてチェックし、全面改訂しています。香港返還の十年前から天安門事件までを活写した「永別了香港」も全面改訂中です。(現在の香港人達の苦悩も、香港返還から始まっている)順次、その他の作品も電子化していきます。 春吉省吾

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また、「ノーク出版ネットショップ」からご購入の書籍は、弊社から、流通、書店、アマゾンなどの多くの工程を踏まず、検品消毒済みで直送致します。
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                               令和2年5月25日  春吉省吾

ノーク出版ネットショップ「春吉省吾の書籍」

新刊「秋の遠音」が、お陰様でようやく上梓されました。四季四部作・歴史時代小説シリーズの最終作品です。何れも春吉省吾「書き下ろし作品」です。シリーズ完成に伴って、ノーク出版のネットショップを充実しました。
「秋の遠音」をはじめ、春吉省吾の書籍はノーク出版ネットショップからお求めください。シリーズ完成を記念して、お得なキャンペーンを実施しております。
また、「ノーク出版ネットショップ」からご購入の書籍は、弊社から、流通、書店、アマゾンなどの多くの工程を踏まず、直送ですから、新型コロナウイルス感染が最も懸念される「手指からの接触感染」、いわゆるモノから人への感染が大幅に軽減されます。
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春吉省吾の書籍は、ぜひ「ノーク出版ネットショップ」 からお求めください。
「秋の遠音」の予約申し込みは4月28日からです。
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◆主としてカード決済のネットショップです〉4月30日開設。
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          令和2年5月24日      春吉省吾

「秋の遠音」人生を柔軟に生きるために

主人公吉村春明は点を線に「縁」に充実の一生を生きた。一般販売に先立ち、ネット販売は5月後半に開始します。4月30日よりネット予約を開始します。原稿用紙2600枚、春吉省吾渾身の書き下ろし、上・中・下巻。「ノーク出版ネットショップ」より特別価格でお求め頂けます。

新しい事にチャレンジしています VOL.53

●2019.1.28
目黒行人坂・大円寺。立ち寄ったのは20年ぶりだ。ここの木彫りの「大黒像」を2つ持っていて、私の事務所の神棚におかれている。
境内の左側には目黒行人坂火事の犠牲者追悼のために作られたという石仏群 491体がある。境内の右奥には、「八百屋お七と吉三(西運)」の墓碑がある。江戸本郷の八百屋の娘お七が、恋人の吉三に逢いたい一心で放火事件を起こし火刑に処された。大円寺はそのお七の恋人、吉三ゆかりの寺で、お七が処刑された後、出家して西運と名乗り犠牲者を弔ったという。
お七は井原西鶴の『好色五人女』の四巻に取り上げられた。

●2019.2.1 長澤大兄にいただいた「清酒・二重橋」。皇居だけで販売しているお酒です。本日開封。

●2019.2.10 30年ぶりで「水族館」にいった。品川水族館は、小さい子供連れで一杯だった。

 

●チャレンジ1 「新しいネットショップ」開設
これまでノーク出版より9冊の書籍を発刊して思うことは、日本の出版流通業界は未だに旧態依然とした業界だということだ。アマゾンが日本の出版流通の事情を知って、強気に出たのも十分に事前調査をして進出したからだろう。流通を通して本を書店に依頼する場合、配布にあたって出版社の意思は通らず、売れなければ汚くなって返品され、入金は半年、一年経っても入金されない。それでは資金繰りが回らないから、大手流通会社との商慣習で「割引手形」が恒常化している。そういうもたれ合いの業界だ。 勢い出版社は、会社を継続していくために、内容はそっちのけで、売れる本、名前の知られたタレント本、売れっ子作家の本が店頭に平積みされる。経営的には理解できるが、本来出版の存在価値を自ら放棄している。
まあここでは、日本の活字文化がそのような薄っぺらな状態にあると言うことに留めておく。

ところで、作家として自分の本がアマゾンの中古として「1」円で売られたら、良い感じはしないが、売れっ子作家にならない限り、そうはならないから、いまのところ私にはその心配はない。
コネも人脈もなく、資金もないから、多額の保証金が必要な大手出版流通との直接取引などは望むべくもない。だから二次・三次の流通業者に委託しているが、実際には販売の殆どを自分のルートで販売してきた。これまでもネットショップを開設しているが、カード決済支払いは多くない。流通の手数料も法外だが、ガード決済の手数料も馬鹿にならない。
ならば、その分を読者に還元しようと、新しく、後払い専用の「ゆうちょ振替伝票」ネットショップを独自に立ち上げることにした。ここからの購入者には多くの特典を付け、ノーク出版に読者にも有利な、WinWinの関係を目指して、3月の後半からショップを開く<strong>。(https://nork.easy-myshop.jp/</strong>  に現在準備中です。オープン近くになったらご連絡致します)
現在「今、言挙げぞする~まとわりつく嫌な感覚を取り除くために」という四百字原稿用紙で180枚程度の書き下ろし随筆を、A5サイズの小冊子に仕上げている。簡易製本にして、限られた方にだけ廉価で販売しようと思っている。その際にはこのショップから販売します。

蛇足だが、昨年、カード決済の脆弱性を身をもって体験した。夜の10時頃、カード会社と名乗る電話があって、「異常な金額があなたのカードから引き落とされていますが、これは実際に、あなたがご使用になったものですか」という。はじめは悪戯電話と思ったが、そうでは無かった。引き落とされたという明細を確認すると、全く記憶に無い。私の知らないところで、私のカードが使われたのだ。まさか、自分が被害者になるとは思ってもいなかった。カード会社では、異常な取り引きを常にチェックしているのだろうが、悪戯電話と思って電話に出なければ、被害は明細書が送られてくるまで判らなかった。恐ろしいと思った。
カードは全て新しく作り直すことになった。その間カード決済は出来ず、自動引き落としに支障をきたした。カード決済の取り引き先から情報が漏れれば、あるいはクレジットカード乗っ取り手法に高度なAI技術が駆使されれば、対抗策は極めて難しく、避けられないと覚悟すべきだ。
政府は、消費税アップの批判を和らげるため、カード決済を更に促進する方針だが、決済を全てカードにする危なさを知るべきだろう。現金後払いというシステムも、残しておかないと大変な事になるという思いが、後払い専用の「ゆうちょ振替伝票」ネットショップの開設に踏み切った理由の1つだ。
イギリスで起こったFACE BOOKの大量情報漏れをはじめ、様々な個人情報がダダ漏れしている今、カード支払いの恐ろしさも自覚すべきだ(止めろとは言っていない)。
私のチャレンジは時代に逆行するものでなく、自己防衛の補完システムの1つと捉えてほしい。

●チャレンジ2 税務申告を全て自分で実施した
今年から、青色申告と確定申告は全て自分で申告することにした。会計全般に関しては多少の覚えがあるので、今まで会計事務所にお願いしてた業務を、コスト削減と頭の体操を兼ねて自分で作業を行った。税務申告については、最新のハウツー書を購入し、年間1万円ほどの会計ソフトを利用した。仕訳票や総勘定元帳、BS、PLも作った。便利になったものだ。
確定申告は、色々な算定の基準に合わせて結果の数字を纏めるのだが、やってみて思ったことが2つある。
1つは、国の方針で、つまり国税庁のさじ加減で、徴収税額を増減させることが出来る。算出方法をパズルのように難しくしているのは、税務官僚の実に上手いやり口だ。税法改正はその細かいところまで、国会で論議の対象にはならない。国会議員が税制に対して不勉強と言うこともあるが、「憲法改正」「消費税アップ」などの国民的大論議は決して起こらない。というのも税制改正によって、どの層が、どれ程税額に変化を及ぼすか、情報の全体が官僚にのみ握られ、ブラインドになっているため、具体的に反論できず、判らない間に決まってしまう。
2つ目は、確定申告をやってみて、社会保険料が高いということを改めて感じた。私も年金受給者の一人なのだが、健康保険、介護保険、後期高齢者医療保険などの支払金額は高い。それ故に、厚生労働省や社会保険庁の不正や杜撰な作業には腹が立つ。
日本人として支払い義務を負うのは当然だが、中国人を主とする外国人に日本の国民保険制度が悪用されている多くの事例が発覚している。言語道断だ。これら悪質外国人が高度の癌治療に国保を使ったあげく踏み倒したり、海外で出産して日本で支援金をもらったり、海外にいる家族まで扶養に入っていたりと、やりたい放題にやられている。
一昨年、東京荒川区では出産育児一時金42万円の受給者の26%が中国籍と判明した。自国民に厳しくて、悪辣な中国人達にいいようにされている。緊急に徹底的に取り締まる事が必要だ。こんなことを放置していたら、誰も高額の社会保険を払いたくなくなる。厚生労働省の職員さん、社保庁の職員さん、襟を正して、慎ましく暮す日本人のために、どうかまともに働いてくれ!!

個人のマイナンバーや企業のID記載は、確定申告書をはじめ行政の提出書類はいつの間にか既成事実になった。データを集積すれば、国家管理は楽になるが、上記のようなことを考えると、実に日本の官僚制度の事務手続きは危機管理に脆く、笊だ。くれぐれも情報漏れの無いように頼みますよ!
今回、申告業務をやってみると、税務申告書には税理士の署名捺印の欄がある。しかし現在のソフトをより高度化させれば、合法的かつ節税シュミレーションが簡単にできてしまう。税理士業務そのものが不要になるのではと思う。しかし数字を見ただけで拒否反応を起こす国民が大部分だから簡単にそうは進まないし、そこまでソフトを進化させると、強力な「税理士会」が、そのソフトをボイコットしてしまうに違いない。それに税理士資格は、国税専門官として退職後の受け皿になっているという現状もあり、国税庁は税理士制度を蔑ろに出来ない。
更に話を進めると、AIの進化によって、財務省の予算策定も、ビックデータの優れた解析ソフトを開発することで、国家予が策定される時代になったといえる。(超)優秀なソフト開発者数十名と、スーパーコンピュータにより、収集した膨大なデータを活用すれば十分可能なのだ。
従来、財務官僚が主導してきた各省庁との予算折衝が彼らの権力の根幹であったが、本来財務官僚に求められるのはそんなことではない。官僚として国家のグランドデザインを構築する能力、哲理・哲学・真の愛国心・矜持という一番大切な能力を求められる筈なのだが、いつの間にか矮小化してしまった。予算権を握った事で偉くなったような勘違いをしている財務官僚、優れた記憶力や、素早い情報収集処理能力などで「頭がいい」とされてきた「能力」が、AIの進化によって、無用になってしまう。

今、日本にとって必要なものは、従来求められていた官僚の資質とは真逆な、AIの進化をいち早く取り入れることなのだ。しかし本来の正しいAI導入は、財務官僚達の既得権を破壊するパワーを持つ。彼らの激しい抵抗は必至である。しかしそれが、次世代の日本活性化の要の1つである。AI時代に優秀な官僚達をどう使うか、政治家の能力と矜持が問われているが、果たしてどうか。
最後にひと言、私は酔狂で新しい事にチャレンジしているわけではない。細部を知ることで全体構図が見えてくる。その手法は長編小説の全体像を際立たせるため、細かなプロットに拘ることと同じなのだ。「秋の遠音」は、細かなプロットにこだわりつつ、頑張って記述している。
2019.2.14  春吉省吾 ⓒ

「秋の遠音」と「初音の裏殿」 VOL.47

写真の説明

●谷中の墓地への入り口の一つ
●谷中のお寺「天王寺」
享保年間には富くじ興行が許可され、湯島天満宮、目黒不動龍泉寺とともに江戸の三富と称されるほどに賑わい、広大な敷地を持っていました。上野戊辰戦争では、彰義隊の分営が置かれたことから、本坊と五重塔を残して堂宇を全て焼失、さらに昭和32年の放火心中事件で五重塔を焼失した。●谷中の墓地の近くをロケーションしたのは、この近くに「初音の裏殿」の隠れ家の場所を設定するためです。
●谷中の墓地は、有名な人物が多く眠っていますが、最初に目に付いた墓が、何と「高橋お伝」の墓でした。
稀代の毒婦と言われた女です。ご興味があれば、ネットで調べて下さい。
かと思うと、実直そのものの「日本植物学の父」といわれた、牧野富太郎博士のお墓もあります。谷中の墓地はお墓マニアにはこたえられない場所でしょうね。
●鶯谷駅下の交差点近くのレストランに何気なく入ったが、ここのビーフシチューが美味かった。有名店でないところに入って、そういう出会いがあると、実に得した感じになる。

●友人のグループ展示会を拝見するために、久しぶりに銀座へ。一年半ぶりの銀座は、すっかりかわってしまった。もともとの田舎者が、更に田舎者になったようだ。昼食を、同伴した友人に御馳走になったが、どの店も賑わっていた。日本はお金持ちの国なのだなあと、つくづくおもう。
●右は「對間新吉画伯」の3作品。

 

私事ですが、お陰様で病気も快癒し、現在体力増強をはかりつつ、長編時代小説四季四部作の最後の作品「秋の遠音」を鋭意執筆しています。物語の後半、「大牟田弁(正確には三池地方の言葉)」を使う人物が登場します。大牟田出身の作家の作品や、方言集やCDなどを参考にして、「会話」を書き進めています。しかし江戸期の方言は、現在では正しく検証することは不可能に近く、そこにあまり拘ると小説が成り立たなくなってしまいます。
妥協点をどこにおいて記述するかという判断も大切です。
今から7年前のこと、四季四部作の最初の作品「冬の櫻」をお読みいただいた読者の一人から、
「何十年も会津に住んでいるが、先生の作中の会津弁は、違うのではないか」
という指摘を受けました。しっかり読んでいただいている証拠だと思ったものです。
実は、初代会津藩主の保科正之公の時代は、信濃高遠3万石から、出羽山形20万石を経て、陸奥会津23万石と、石高が急増して、前領地の武士を雇い入れないと藩政が出来なくなる事態になりました。異母兄の三代将軍家光の信頼を得て急成長したからです。
当然、地縁(言葉の違い)などによって、姻戚もグループ内で行われ、派閥が形成されます。
「初代正之公の時代は、会津武士といわれる一枚岩のものではありません。私の小説に出て来る会津言葉は、出羽山形を出自とするグループと、地元百姓衆の使う2種類を使い分けていますが、現在使われている会津弁とは大分違うはずです」
と説明し、納得いただきました。江戸期の方言表記は、時代、身分の違いなどによって大きく変わってきますので、実に難しいです。

さて、「秋の遠音」は1万石の奧州下手渡藩・三池藩の物語です。下手渡藩については、地元の方もどういう理由でこの藩が成立したのかあまりご存じないようですし、現在の大牟田市から見れば、「下手渡」という言葉も「?」ということでしょう。
昨年、前の仁志田昇司伊達市長が、下手渡で開催された私の講演会にお見えになり、
「この小説が出来あがり、その縁で、伊逹市と大牟田市の交流が、一層盛り上がるといい」
と仰有っておられましたが、上梓したあかつきには、須田博行新市長にも、両市発展・交流の起爆剤として拙著を役立てて頂ければありがたいです。
物語は、11代将軍家斉、寛政の改革で知られる松平定信の時代からはじまります。
弱小一万石の三池藩藩主立花種周は、政争に巻き込まれ、突然の蟄居の後、嫡子種善は奧州下手渡に移封されます。「下手渡藩」は現在の福島県伊達市月舘町を中心とし、川俣、飯野、霊山にまたがる小さな領地です。筑後三池と、奧州下手渡とはおよそ370里も隔たり、気候も風習も言葉も違います。
時代は下って幕末。嘉永4年(1851年)、下手渡藩一万石の内、3078石を返上し、旧領地5ヶ村の5071石の藩地替えとなります。主人公の吉村土肥助(春明)が先発として、三池に赴任します。三代下手渡藩主は、当時数え16歳の立花種恭(たねゆき)です。
石炭採掘で財をなした塚本源吾と深く交わった土肥助は、のちに禁門の変に敗れた真木和泉の影響を強く受け、尊皇攘夷思想に染まっていきます。しかし、土肥助は志を折って、藩主種恭の側に仕えることになります。やがて種恭は、三池炭鉱の増産により、資金を得て、若年寄に出世します。その後種恭は、幕府要職を次々と務め、将軍慶喜の時、ほんの数ヶ月でしたが、老中格にまで進みます。
種恭は十四代将軍家茂、前述の十五代将軍慶喜、小笠原長行、松本良順の縁から新選組近藤勇、土方歳三、小栗忠順などとかかわります。
一方、土肥助は、三池と下手渡を何度となく往復する旅の途中で、旅籠を同じくする坂本龍馬とも顔見知りになります。
また、土肥助と朋友である奧州下手渡藩を守る国家老の屋山外記は、やむを得ず奧州越列藩同盟に参加します。そうしなければ、仙台・米沢・二本松・相馬などの大きな藩に忽ち潰されてしまいます。三池は早くから勤皇になり、下手渡は佐幕の一員となり、藩は真っ二つとなります。
弱小藩故に、 時勢を読まないと、藩そのものが忽ち危機に陥ります。藩主は勿論、家臣と家族、領民にとってどうすれば最善の策なのか、それぞれに悩み考え乍ら、遂に激動の幕末、明治維新を迎えます。
原稿用紙2000枚以上に及ぶ、四季四部作の「長編時代小説」シリーズはこれでようやく完結します。各作品は、時代も背景も違いますが、季節の「春・夏・秋・冬」のそれぞれに深い意味を持たせたつもりです。これら「超長編」が読者にとって、人生のスパイスとなり、楽しんでいただければ嬉しい限りです。

これまで私は、小編や中編を書かずに、頑なに「超長編」に拘りました。その主たる動機は、高齢になってから長編を書いた著名な作家先生方の作品の多くは、ストーリーが単調で、陰鬱で、説教調に陥る作品が多いのです。超長編を書く気力が喪失してしまうからでしょう。
そうならないように、私は、長編はむしろ最初に書くべきだという強い執筆意志を持ち、ここまで実践してきました。次作からは、中編、小編が主となります。
私の次のライフワークは幕末期の 「初音の裏殿」という架空のアウトローの中編物語です。
主人公に「からみ合う人物」が毎回変わる15から20篇程のシリーズ物です。判りやすく言うと、吉村昭先生のような正確な史実を土台にし、池波正太郎先生の「鬼平犯科帳」「剣客商売」、「仕掛人・藤枝梅安」などの大衆小説のエキスを採り入れ、疾風怒濤の幕末を、主人公が躍動します。
これまで幕末の英雄と思われていた人物が「敵役」になるかもしれません。面白い作品作りの予感に、闘志がふつふつと湧き上がる反面、半端な苦労では済まないと腹を括っています。
長崎、佐賀、大阪、京都、三河、江戸と日本のみに留まらず、琉球、香港までも舞台として、幕閣、尊攘家、豪商、皇族公家を含め、あらゆる階層の人間模様を描く物語になります。今から「お国言葉や公家言葉」に悩まされるに違いないと覚悟しています。お楽しみに。春吉省吾ⓒ

 

 

 

春吉省吾・平成30年9月の近況 VOL.46

9月となりました。東京はいまだに暑さが続いておりますが、皆様にはお元気で御活躍のことと存じます。
私事ですが、病気再発の確率を少なくするために、年齢と体力を無視して、追加の維持療法を受けたのですが、3回目の7月31日に実施した副作用が強く、結構辛い思いをしました。何事も先を焦るといい結果にはならないようです。回復におよそ一ヶ月ほどかかりましたが、お陰様でようやく現状に戻りつつあります。
また7月に入って、夜寝ていると右肩が鈍く痛み出し、病院に行ったら変形性肩関節症と診断されました。簡単には治らないようです。痛み止めの湿布をしても、余り効きません。可動域が少なくなったのを知った上で、筋力アップとストレッチをしています。一晩寝れば自然に治るという若さは失われ、この先「違和感」を自覚しつつ、年齢とどう向き合ったらいいのか、否応なく知らされることになりました。
それはいみじくも、今年の5月に上梓した「言挙げぞする」という哲理的随筆集の執筆主旨と一致します。
つまり我々日本人が今まで盲信してきたことを洗い直し、自分の置かれた立場と能力を知って、「次善策でよし」とする柔軟な思考を持つことです。
国力も、経済力も黄昏期に入り、今までの即物的な倫理観や道徳観では、自己を律することが出来ません。上っ面だけだと忽ち馬脚を現してしまいます。昨今、社会的地位にあった(と本人も周囲も勘違いしていた)人達や、協会や連盟と言われている組織で、様々な不祥事が明らかになっていますが、これは氷山の一角です。
また 「勝ち組」「負け組」など、いまだに経済的勝ち負けに拘っていている日本人の何と多いことか。笑止である。「いい加減に判れよ」といいたいのですが、拙著の読者以外は、その意味するところをよくご理解いただけないかも知れません。
ともあれ、これからの時代、「負けないため」にどうするかと考え続けるそのプロセスの中から、人生の深い意味を知ることが出来るはずなのです。
しかし従来の日本人が持つ、歴史観・宗教観をもってしては、常に喉の奥に小骨が刺さっているような状態が続くことになります。
「言挙げぞする」では、例えば、従来までの仏教・儒教・神道などの、偏頗な思い込みや慣習を破らなければ、「新たな視界は広がりません」と、その基本をやんわりと記述しました。
いずれもう少し踏み込んだ続編を書くことになるでしょう。
さて、現在の執筆情況ですが、
四季四部作の長編時代小説「秋の遠音」は上巻部分(400字詰めの原稿用紙で700枚)を書き終え、現在下巻の280枚ほど書き進めています。寛政年間から明治25年まで、およそ90年間の物語です。今年中には脱稿出来るでしょう。来年前半には上下巻にして上梓したいと思っております。
これで当初計画したライフワークの「春夏秋冬」の歴史小説もようやく終了です。これらに登場する主人公は全て実在の人物ですが、殆ど資料の残っていない人物達でした。取材や資料集めから、執筆、編集、販売と「超長編」の四部作を、挫けずにやり遂げてきたなと、自分を誉めています。最後まで気を緩めずにこの「秋の遠音」も感動作にしたいと思います。
「初音の裏殿」も書き始めました。幕末期、旗本6千石の架空の主人公を軸に据え、善悪を飛び越えたアウトローの物語です。西郷も、勝も、龍馬も、大久保も、岩倉も、明治の「偉人」といわれる人物達は、果たして「そんなきれい事だけの人間か!!」というのが、作家春吉の立場です。
上記偉人達への手放しの信奉者には、とんでもない物語になります。膨大な資料の読み込みが必要ですが、これら歴史上の有名人達は資料に事欠きませんので、いかに楽しく読んでもらえるかというのが、この執筆テーマです。
主人公は、皇室の血を引く、領地持ち旗本という設定ですので、孝明天皇の祖父にあたる光格天皇の御代から、皇族、公家のことを調べましたが、とても一筋縄ではいきません。
主人公は、幕府も、朝廷も、薩長も、日本を翻弄させた海外列強、禿鷹のような外国人貿易商、三井、住友などの豪商達を相手に、とんでもない「怪物」ぶりを発揮します。このような主人公を幕末の歴史の中で活躍させることは、物書きとして限りない快感です。歴史的事実はきっちりと抑えながら、クールなエンターテインメント中編として、シリーズ化していきたいと思っています。
平成30年9月2日
春吉省吾
◆写真説明
●8月7日、福島在住の母に会い、墓参の後、時間が余ったので飯坂町の大鳥城跡を訪ねた。源義経の郎党、佐藤継信・忠信兄弟の父、佐藤基治(元治)の居城であった。基治は鎌倉方の伊達朝宗(伊逹家の祖)によって討ち取られ、首を阿津賀志山経岡に晒されたという。
●誰も居ない大鳥城跡本丸の空間、「クマに注意」の看板に少し怯む。
●福島市内の公園には放射能測定器が設置されている。この場所は0.110マイクロシーベルト/時。国の基準は、0.24である。この基準の是非は素人の私には判らない。
●8月28日、東京国立博物館で開催の「縄文」展を見てきた。混んでいた。縄文時代を1万3千年前からと断定していたが、考古学の進歩により、常に変化するというのが正しい認識だ。(私は暫定1万4千年前とする)
●ダイナミックな土偶、土器類は、中国・黄河文明、メソポタミア、西アジアの出土品と比べても、その立体感・独創性は群を抜いて凄い。我々全ての日本人には縄文の血が、2割以上入っているのだ。詳しくは拙著「言挙げぞする」を参照してください。

紀伊國屋書店台湾 VOL.44

数日前に、「言挙げぞする」というワードで検索したら、ヤフーのサブジェクト機能に「紀伊國屋書店台湾」というサイトが表示されたので、さっそく開いてみた。(写真添付)
購入するのは在台湾の日本人だろうが、著者の立場からいろんなことを考えた。
「言挙げぞする」の14章「儒教の宗教性と仏教」─本当の儒教を知らない日本人─では、孔子以前の儒から考え起こして、儒教の強烈な「宗教性」を明らかにした。中国にあっては儒教は宗教そのものなのだ。本来宗教とは「宗教」+「道徳」が必ずセットになって、宗教となる。
「宗教」とは生死観の核心部分を指す。日本では宗教教育が行われていないので、宗教とはどういうものかわからないまま、「道徳」のみの偏頗な理解しかない。あわせて、世界の宗教がどんなことなのかと、比較することも全く学んでいない。これは、近い将来、日本民族にとって致命的なことになる。(既になっていると言い換えてもいい……)
日本人の儒教観は、論語や朱子学・陽明学(宋学)などの道徳部分の「儒学」しか理解できない。誰からも、それ以外のことを教えられないのだから当然と言えば当然なのだ。江戸中期から明治・大正・昭和とそれをよしとして現在に至っている。だから「中国人」と接するとき、間違った物差しをずっとあててきたのだ。(これを30年前に正しく指摘した学者は、加地伸行先生ただお独りであった)
台湾人達は同族なのでそのような過ちは犯さない。大陸の中国に常に政治的にも経済的にも呑み込まれてしまうという危機感を抱きながら、日々暮らしているので、拙著の内容を遙かに敏感に理解するはずである。「儒教」の脅威が何であるかという根本を理解出来ない日本人は、中国の大きな脅威に対抗できない。同時に個としての中国人の生死観を知らないのだから、彼等と真摯に向き合うことが出来ないにきまっている。
儒教に限らず、日本的亜流「仏教」となってしまった、檀家仏教・葬式仏教も浅い。それら間違った物差しを修正する糸口として、拙著を役立ててほしいものだ。

ワールドカップ予選リーグで、日本チームがベスト16に勝ち上がった。
試合終了のホイッスルを聞くまで同点ゴールを目ざせば、観衆からブーイングを浴びることはなく、果敢に戦ってフェアプレーポイントの優位性が崩れ、セネガルに2位を譲ることになっても、美しき敗者、勇敢な行為を為し遂げるサムライとして讃えられたという意見がある。
日本チーム率いる西野監督の指示による、後半10分のボール廻しは、「武士道」にあるまじきことだという批判だが、それは全くの見当違いだ。国技に近く馴染んでいる欧州や南米のサッカー国のサポーターが皮肉ややっかみで言うのは放って置けば良いが、日本人がそういう発言をするのは実に甘く浅い認識だ。
そもそも「武士道」とは何かという概念を理解していない。

作家、司馬遼太郎氏は戦後の日本人が失ったものとして「武士道」をあげた。武士道が美徳とする礼節、忍耐、貞節、忠義、責任、潔さ、名誉、尚武の気風等々は日本人が失ったものだという認識である。特定の宗教をもたない(と思っている)日本人にとって、それに代わる唯一の倫理規範が武士道というわけだ。しかしそれはあくまでも一面的なことである。
実は「武士」というものが世の中から居なくなって久しい明治も後期に入った19世紀の終わり頃から「武士道」という言葉が流行った。この「武士道」とは、近代国家を目指す時期に創られた言葉である。
1899年に『Bushido: The Soul of Japan』「武士道」という著書を残した新渡戸稲造博士は、武士道の7つの徳(礼、忠義、誠、名誉、仁、勇、義)をベースにして、日本人は倫理観が高く、国民一人一人が社会全体への義務を負うように教育されており、とくに武士はそういう意識が高いと説いた。日本人はキリスト教徒ではないが、決して野蛮人ではないということをアピールしたかった。日本にも西洋の騎士道に似たものがあり、実践されていたと、欧米人に知らしめるため、武士の道徳的価値観の中から、理想的部分を選んで作り直し、日本社会が過去から受け継いできた倫理観の理想を描いた創作なのだ。
倫理性だけをみれば江戸時代の武士よりも、商人の方が高い倫理性を発揮しており、慈善事業は、もっぱら経済力のある商人や篤農家がおこなった。
むしろ真の武士道を知るには宮本武蔵の「五輪書」を読むのがいい。13歳から61歳の生を終えるまで、真剣勝負をし続け、約60の試合すべてに勝利した。「五輪書」は戦いをするために必要な準備、そして実際に戦うときの考え方、心の持ち方、体の使い方が書かれている。また戦いのみならず、人間行動の核心をつく本質が簡潔に書かれている。しかしかくいう武蔵も、53歳の時、島原の乱では小笠原家の隊長格で久々に出陣したが、足に一揆軍の投石を受けて負傷し、大きな働きはできなかった。情報収集が甘かったのだ。

諸般の事情で、急遽日本代表監督を引き受けられた、西野監督の心中の辛さは、察して余りあるが、本戦までの短い間に、勝つための、あるいは負けないための情報を集めたことであろう。予選突破が絶対命題である限り、監督として、個々の選手達の心を掴み、戦う集団として鼓舞し、更には新しく導入された、1)ビデオ判定、2)戦術的な目的で電子機器を使用可能、3)決勝トーナメントの延長戦における4人目の交代、4)フェアプレーポイントの規定などをどう使いこなすか、コーチ陣とのコミュニケーションも大切であった。特に問題の10分間のパス回しなどは、2)、4)などを徹底的に利用した結果である。西野監督は、自己の意志決定を信じ、自力であろうが他力になろうが、腹を括ってぶれなかった。監督を信じて戦った選手達も立派だった。
この決断は、120年前に創作された理想の「武士道」イコール日本人であるという従来のステレオタイプの考え方を変えた、新しい日本的実践思想に通ずるものであると私は評価する。
日本人が世界に通ずる「武士道」を新構築するためには、あらゆる武道における「残心(身)」を、もっと深く考えることが必要である。この私論は、日本人が世界に対して新しい一歩を歩み出す、大切な実践論になると思う。「残心(身)論」については、体系的な説明が必要なので、何れ講演会などで直にお話し出来ればと思っている。     平成30年7月2日  春吉省吾

写真説明上から
●「紀伊國屋書店台湾」のブログに掲載されている「言挙げぞする」。著者としては変な感覚だ。
●友人が送ってくれた飯坂温泉の「ラヂウム玉子」。この美味さを知ると他のどんな温泉玉子も食べられなくなる。
●猛暑の「梅雨」と思っていたが、いつの間にか「梅雨明け」だという。近未来の自然現象はこの先も、予測不能のようだ。

春吉省吾「言挙げぞする」発売後の執筆活動 VOL.42

5月31日で、退院してからちょうど3ヶ月になりました。薬物療法も終了し、体力の回復に、1日7千歩から8千歩、早足で歩いています。途中、公園にあるジャングルジムを使って、柔軟体操をし、居合の立ち技のシャドー稽古(こういう言葉が有るのかな? 要は、刀や木刀を持たない体配です)を始めました。公園に来ている保育児や散歩している方々は、怪訝な顔をして通り過ぎます。先週の金曜日、半年ぶりであるパーティーに参加しましたが、酒も断っているし、立食でしたので、早々に失礼してきました。立ちっぱなしは、まだ結構辛いです。

拙著「言挙げぞする」も発売から2週間を過ぎました。テーマはかなり高度で、初めて目にされた事項も多いと思います。私の主張をご理解いただい読者諸兄は、確かな読書力・理解力・柔らかな頭脳をお持ちと推察いたします。内容は多面に亘っていますが、本来あるべき「歴史観」「宗教観」を認識するための書として、私自身は強い信念を持ち、記述しました。お読み頂いた方々の、忌憚のない意見もお聞かせください。

文字校正と言葉の言い回し、冊子全体の整合性など、何から何まで、全て一人で短期間に完璧にチェックし遂げるのは、どんな天才でも無理とわかっています。けれど毎回懲りずに
「ああすればよかった、こう書けばよかった。こんなところに誤字があった……」
と本になった後、猛烈に悔やみます。この屈辱感は半端ではないのです。後処理を全て、校閲者や、編集者に頼っている作家にはこの感覚は、わからないでしょう。しかし活字になってしまった作品は、私の手元から離れてしまうので、いくら悔やんでも再版時にしか直せません。そんなわけで、上梓後はその「悪夢」は全て振り切って忘れることに努めます。

何年もかかって作品を上梓したのですから10日ぐらいはリフレッシュするのが普通でしょうが、私の場合はそうはいきません。販促活動や流通への配本、梱包などの力仕事が待っています。必要に迫られてこうしていますが、こんな物書きは「世界で私一人」と自負しています。
また「悪夢」を払拭するために、次の作品の執筆を猛烈に始めます。ところがエンジン全開には、時間がかかります。大分呻吟します。

長編歴史小説四季四部作の最後の作品「秋の遠音」(あきのとおね)は、病気をした事もあって、予定が遅れていますが、ようやく前半を終えて後半執筆中です。ここまでよく辿り着いたという感じです。遙か筑後三池と奧州下手渡(しもてど)に分割されたことで、郷土史家達の記述に、ブレがあります。これが実に厄介です。私が正しいと思った歴史的日時に基づいて、仕上げることにしました。
主人公の一人、吉村春明は比較的描きやすいのですが、藩主、立花種恭(たねゆき)の人物描写が難しい。ひと言で言うと自己の意志を決して表に出さない人物です。出来過ぎて、あまり面白くない人物です。執筆前にある程度、予測していましたので、物語は、蟄居謹慎となり、三池藩を取り潰された藩主、立花種周(たねちか)の時代から始まります。下手渡に移封になり、その嫡子初代下手渡藩藩主種善(たねよし)以下、家臣達が踏ん張る姿を描きます。
一万石の弱小大名が、生き残るためにどうするか、これがテーマです。
個性の強い貧乏御家人勝海舟などとは対岸の行き方をした種恭ですが、その性格を、物語にきっちり反映できたら、物語は大成功です。不思議なことに、種恭と海舟は立場上非常に近いところにいたのですが、互いの日記にも、談話も、全く無視し合って、ひと言も語っていません。面白いですね。
昨年9月に講演会を行った下手渡の方々への恩返しのためにも何とか仕上げないと……。

「秋の遠音」の執筆がなかなか難しく、その反動は、中編の「初音の裏殿」(はつねのうらとの)の連作小説のフレームワークを作るバネになっています。この主人公は、幕末期、破天荒な行動をし、手段を選ばず、善悪を超越している旗本です。架空の主人公ですが、皇室と幕府と因縁のある人物設定なので、天皇家や公家の資料も集め、読み込んでいます。大きなスケールで描きます。幕末の様々な人物の裏の顔も明らかになるでしょう。仕上げる前からわくわくしています。

福島県伊達郡国見町に「阿津賀志山」(あつかしやま)という小山があります。この地は「吾妻鏡」(あづまかがみ)に記載されていますが、源頼朝が陣をはって奥州藤原氏と戦った、中世最大の古戦場跡です。今は、殆ど面影はないものの、忘れられては困る場所です。2年前、猛暑の8月13日に、国見町の大栗さんに案内してもらいました。その日は休日でしたが、太田町長さんにも観月台文化センターでお目にかかってきました。
以来、2年弱、鎌倉幕府の権力争いや、奥州藤原一族のことを調べました。そして、ようやくストーリーの大筋を纏めました。小編になると思います。「面を打つ女」(おもてをうつおんな)というタイトルに決定しました。奧州合戦という鎌倉幕府と奥州平泉の覇権争いの間(はざま)で生きた、一人の女性の行動と深層心理を描きます。1年ほどかけて仕上げます。悲しい物語です。

それから福島町(現在の福島市)の明治・大正・昭和初期に活躍した数奇な政治家、鐸木三郎兵衛(すずきさぶろべえ)の「空の如く」(うつおのごとく)の執筆は現在止まっています。他に、悲劇の二本松少年隊の生き残りに焦点を当てた「筋違い紋の誇り」(すじかいもんのほこり)も、構想ノートと資料は手許にありますが書き出していません。  私の中の気持が自然と昂じてくるのを俟っています。
思うに、歴史作家の創作意欲は、その舞台になる地元の方々、行政やその長をはじめ、郷土史家の方々の協力と熱意があるとないとでは、大きく違います。それはその地の「民力・文化」の差ということでもあります。これまで世間に殆ど知られていないテーマを「小説」にするのは、想像以上に困難で、それらの方々の協力は必須です。よろしくご協力をお願いします。

ああ、それにしても、やること一杯!!  一人で全てやるには、殆ど不可能な仕事量です。資料を整理してくれるアシスタントの方を募集しています!!

2018.6.1  春吉省吾

●一週間前から「あじさい」が満開。●「がくあじさい」5.30 ●「しゃくなげ」と思っていたのですが「ちょうちくとう」でした。結構強い毒性があるようです。5.30

 

 

9月「風浪の果てに」から「秋の遠音」へ 今年も残り3分の1、全力投球! VOL.31

 

 

 

 

 

●2017.8.14福島市の弁天山からの展望。
「風浪の果てに」の本文44ページから48ページ。主人公、沼崎吉五郎と京が、しみじみと城下を見下ろした同じ場所に立った。
中央には阿武隈川が流れ、その後ろは、福島城跡、現在は福島県庁。左の橋は天神橋、江戸期では奥州街道、福島宿の入り口であった。その手前は福島河岸。米沢藩を始め、江戸へ回漕するための米蔵が並んでいた。
この地点は、安寿と厨子王と母が、暮らしていた「椿館」の跡と言われている。

 

 

 

 

 

●弁天山・椿館跡。安寿と厨子王と母が、ここから旅立った。

 

 

 

 

 

●弁天山・椿館跡。この日、一時間ほど散策したが、誰にも出会うことがなかった。福島の中心から車で10分。最高のロケーションなのだが…。蝉時雨が何故か寂しい。行政の宣伝不足か?「風浪の果てに」、「春のみなも」も、市長はじめ、まともに読んでいる市の職員は少ないだろうからな……。

 

 

 

 

 

●持ち寄りの大御馳走。暑気払いを兼ねた「同級会」。風流な三味と、小唄も。


 

 

 

 

●福島近郊の8月14日、稲の生育は良好と思われたが、その後の長雨と日照不足でどうなったか心配だ。

 

 

 

 

 

●9月に入って、朝のウォーキング。
中野通りと方南通り、新宿に続く南台交差点近くのサルスベリの並木が満開。

◆私のスケジュール帳は、9月始まりなので、毎年買い換えるたびに8月までの事を振り返ります。
ここまで、相変わらず多忙でした。忙しさの筆頭は、3月に長編小説「風浪の果てに」を上梓し、福島脱藩浪人沼崎吉五郎という人物を「生き返らせた」ことです。
事件に巻き込まれ、伝馬町に繋がれた吉五郎。西奥揚屋の牢名主となり、吉田松陰の遺書「留魂録」を預かり、三宅島に流されて15年。明治7年に赦免になり、東京に戻ってきます。その2年後に、松陰の妹二人を嫁にした楫取素彦に連絡を取るが叶わず、ようやく「留魂録」を野村靖に手渡します。以来、吉五郎の足取りは杳としてわからないままでしたが、「風浪の果てに」では、その後の吉五郎の悠々たる人生を描いています。ヒロイン達も活き活きと描ききったつもりです。
勝てば官軍、生き残った長州閥の跋扈によって、現在も根強い長州人脈が存在し、彼等の実力は過大に語られています。楫取にしろ野村にしろ、久坂玄瑞にしろ、2015年のNHK大河ドラマ「花燃ゆ」で描かれるような人物ではありません。司馬遼太郎さんの、幕末、明治維新の人物描写もそのまま鵜呑みにせず、吉村昭さんの幕末の小説を読むことをお薦めします。

「風浪の果てに」の脱稿から上梓までの間に、編集作業、表紙や、本の装丁等々、印刷業者との打ち合わせ、ネットへのPR、チラシ作り、パブリシティ活動など、作家活動の他にもあらゆる作業を独りでやっているため、年末も正月もありません。(いつものことです)
加えて、上梓間近の2月に田舎の母が、大腿骨頚部骨折で入院した事も重なって、東京・福島間を往き来し、疲労はピークでした。
ようやく「風浪の果てに」が仕上がって、私のところへ運ばれてきましたが、運搬員が、車をぶつけてミラーを壊したとかで、ブツブツ言うだけで、まともに働かず、本の搬入を殆ど一人でこなしました。いゃあ、大変でした。「本は重い」のです。自作の本は尚更です。
疲れが更に重なって「帯状疱疹」の痛さも経験しました。
まあ何とか世に出した「風浪の果てに」は、3月25日の週の、セブンネットサイトの「新着・本・コミック」1週間売上ランキング1位になりました。作家としては、もっと多くの方に読んでいただきたいのですが、何分超零細出版社で、取次も、東販の下請け会社なので、販売力は微弱です。何れ何とかしたいものです。読者の方々の中で流通・取次会社の「つて」をお持ちでしたら、ぜひご紹介・仲介をお願いいたします。

弓道の早朝稽古は、週2回、何とか時間をやり繰りして続けています。6段を取得してから、武道、特に弓道の本質は体軸と手の内にありという信念から、中りを度外視して、基本からやり直して2年、最近ようやく、微妙な「技」の感触が10射に1、2射、体感できるようになりました。
46歳からはじめた居合も今年で20年。やはり体軸と手の内、技の緩急を身体に覚え込ませるために、ここ半年、隙間時間を縫い、毎日、抜きの稽古をしてきました。短い時間でも、精神を研ぎ澄まさないと、本身(真剣)ですから、怪我をしてしまいます。
お陰様で、6月末日に大阪で行われた、全日本剣道連盟の居合道の6段審査に合格することができました。
これで、弓道も居合道も6段を頂き、時代小説を書く上で、弓や刀の扱いを描写する際の、リアリティは他の作家よりもあると、自負しています。
そんなことから、役者達が、弓と剣を扱うシーンを映画やテレビの中で見ると、どれだけ熟達しているかという観点からつい眺めてしまいます。
昭和の有名な時代劇スターでも、まともに弓を扱える役者は残念ながら一人もいません。剣の扱いが上手な俳優は、昭和の初めから現在まで、勝新太郎さんただ一人です。視聴者を喜ばせる事を重視する殺陣師さん達も、見てくれだけでなく、真剣を扱うとはどういうことなのかと、その基本を学ぶべきです。

現在、長編時代小説四季四部作の最後の作品「秋の遠音」を執筆中ですが、6月に下手渡自治会の渡邊さんという方から、
「下手渡藩の事をお書きになっているようですが、下手渡や三池の事をお話しいただきたい」
という依頼がありました。
執筆途中で、その作品の人物達や、背景などについて講演するというのは、かつて聞いたことがありません。ずいぶんと躊躇しましたが、引き受けることにしました。
伊逹市月舘や霊山町、伊達郡川俣町、福島市飯野町などを含む「下手渡藩」の存在は、地元の方もあまり知りません。また、立花家が下手渡に移封になって45年後、下手渡の一部と、旧領の三池(現在の大牟田市)の一部とが交換になり、1500キロほど東西に離れた双方の管理が必要となりました。
それぞれの郷土史家達の資料は微妙に食い違い、その資料も少ないのです。このままではこの歴史的な事柄が埋没してしまいます。
講演会で地元の人達と懇談し、この地方の歴史を再認識して貰い、地元の活性化に少しでもお役に立つことが出来ればいいなと思っています。
というわけで、この9月10日に、伊逹市の「下手渡地区交流館」で講演して参ります。
すぐ隣には、「つきだて花工房」という、自然の中に建てられた宿泊施設があります。良いところです。機会があれば訪ねてみてください。今回は残念ですが、そこには宿泊しないで戻ります。
ともあれ、戦国時代の九州の猛将、高橋紹運の子立花直次(兄は立花宗茂)を藩祖とする三池立花家が、遠く東の奧州下手渡に移封となり、最後は三池に戻る、廃藩までの歴史は、幕末・明治初期の激動を舞台にした、壮大なスケールの大河小説に相応しいものです。
ここ数日、PowerPointで、講演会用のスライドを作っていました。
その講演会の報告は9月の後半にお届けできると思います。お楽しみに。
2017年9月6日 春吉省吾