「秋の遠音」、いよいよここからスタートです

DSC00917A4月20日月曜日関東地方は一日中、風と雨で外歩きには辛い一日でした。

茅ヶ崎に行って参りました。茅ヶ崎駅に降り立ったのは初めてのことでした。 目的は、下手渡藩・三池藩主、立花種恭(たねゆき)公のご子孫にお目にかかるためです。 御当主と弟様も御一緒にということで、この日に決まりました。

福島・伊逹信達地方を舞台にした「春のみなも」という幕末の長編時代小説を昨年の5月に上梓したのですが、その時に気になったのが、現在の伊達市の月舘町周辺を主たる領地とする「下手渡藩」(しもてどはん)の存在でしDSC00930Aた。 月舘出身の方もその読み方も含めて「風化」してしまっているのが現状です。

伊達市月舘町支所には二度ほどお伺いしましたが、頂戴したコピーは大変役に立っております。また、数年かかって福島県立図書館に行っての調査、それから関連する資料の入手、論文・小説、アーネスト・サトウをはじめとする幕末に駐在した公使館の記録等々集めました。

今回お伺いしたご子孫の立花種則様には、種恭公の奥方様、お子様方の正確な記録を頂いておりましてこれまた大変参考になりました。 主要な資料は何とか集めたので、こういう趣旨で物語を書かせて頂きたいというお願いとご挨拶のつもりでお伺い致しました。幸い快諾頂きました。

直接お目にかかると、色んな発見がございました。この先、九州の大牟田に取材予定ですが、どういう伝をたどっていけば一番良いかの示唆も頂きましたし、私家版の書籍をお借りして参りました。

私は歴史家ではなく、あくまで物書きです。文中の言葉や会話には生活感というか「生きている」確かな手応えが必要だと思っております。拙著「春のみなも」でも生活の匂いを出来るだけ多く取り込む事に腐心いたしました。そのために徹底して「文字以外」の部分を取材します。(物書きとして一番大変なのは実はここなのです。これを省くといい加減な作家がやっているように仕上げも簡単なのですが……)

今回、立花種則様のご母堂様が残した、立花家の正月の飾り付け、雑煮の作り方などの書き付けを拝見いたしました。実に質素な「雑煮」が記載されておりました。 人物「取材」の嬉しさの瞬間です。

「秋の遠音」は私の長編4部作最後の作品です。登場人物も、実在した様々な人物が出て参ります。幕末から明治初期の間に十数回、九州三池と、福島・下手渡を往復した、種恭公の側近、吉村春彦、森泰、下手渡の国家老、屋山外記などの家臣。十四代将軍家茂公、十五代慶喜公、筆頭老中小笠原長行、松本良順、近藤勇、三池の勤皇家塚本源吾、石炭富豪藤本伝吾、三条実美、伊藤博文など幕末明治期の激動の中の人物を描きたいと思っています。それも「春吉省吾」流のやり方で。

ご子孫の立花種則様には、上梓まで2年かかりますと申しあげてお別れいたしました。 物書きも本気になればなるほど大変な商売です。登場人物の心の襞に深く分け入ろうとすると、実際、命を削る商売です、ホント!!

「風浪の果てに」思うこと

 

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4月の9日国立能楽堂能楽堂に行ってきました。藤田六郎兵衛(笛方藤田流十一世宗家)さんが主宰する「萬歳楽座」鑑賞のためです。

数年前私が名古屋で講演した時に、藤田さんと名刺を交換させて頂きました。そのご縁だと思っております。
開演に先立ち、主宰者として藤田さんがご挨拶されましたが、実に上手な語り口でした。新作の「豊穣」と題した、素囃子の笛も聴き応えがありました。
会場でCDを購入して、それを聞きながら、このブログを書いています。
今回の観賞には二つの目的があっての参加でした。

一つは、現在書き進めている「風浪の果てに」の主人公は、鼓を自ら作り、演奏できるという沼崎吉五郎という人物を主人公としています。そんなわけで、子鼓と大鼓の演奏の仕方、音色の違いなど、私の記述に間違いが無いかどうかの確認でした。「鼓」でも「子鼓」と「大鼓」の扱いと、打ち方、音色大きく違います。それをしっかり確かめることが出来ました。

二つ目は、今回の出演者の方々の、佇まい、居ずまい、歩き方、呼吸法などをじっくりと観察させて頂く事でした。今回の能・狂言演者には5人の「人間国宝」がおいでで、大変勉強になりました。
脇正面の真ん中の座席だったため、舞台で佇む演者の重心の置き方、橋掛り(歌舞伎で言えば花道)での足捌きなど、居合や、弓道を囓っている小生にとって大変役立ちました。

会場は満席で、高円宮ご夫妻もご臨席されておられたようです。
能の「船弁慶」は、ご存じの通り、義経役は「子方」といわれる少年の演じる役です。追ってきた静との男女間の愛情表現を和らげるためと言われています。上手く出来ています。ただ素人の戯れ言ですが、全体構成として中だるみと、重複のまどろっこしさを感じますが、これは何百年と淘汰されて、最後のクライマックスに至る演出なのでしょうから、「それはお前の感性がおかしい」と云われればその様であるのでしょう。従って、あくまでもそういう感想を持った「素人観覧者」もいるということです。時間的空間的余裕のない暮らしをしているのかな……私は。

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ところで、櫻も東京ではすっかり散ってしまいましたが、その潔い散り際のみを美化し、やたらと感傷的になるのは好みません。前回のブログで「むしろ葉櫻が好きだ」とはそういう私の意志表示です。散りゆく櫻の情緒的な面を殊更取り上げるのは危険です。そういう感情には誰も抵抗できず反論しにくい。そこで思考が停止し、やすっぽい美意識にいつの間にかすり替えられてしまう危険があります。
東日本大震災と福島第一原発事故、この両者は全く別な解決策が必要ですが、それは一先ず措き、何れも情緒的、感傷的な報道が多すぎます。小説・詩歌などの文学も十分に咀嚼された作品は現在の所ありません。理性と感性の融合は「時」が解決してくれるのか、あるいは「時」を俟って、いつの間にか、希薄になり、うやむやに霧散してしまうのか。
花冷えの季節の観劇と、地に散った櫻の花弁を見て、色々と啓発されることがありました。

 

 

四月・清明

四月、清明。櫻名残の冷たい雨が一日降っていました。暖房器具を再び出してきた花冷えの一日でした。
掲載した写真は、我が住処の近くなのですが、ここから眺める遠くの新宿高層ビルと、直ぐ近くの櫻の花々が見事に調和し、私の花見ベストロケーションです。DSC00901
幡ヶ谷から消防学校の脇に続く、玉川上水跡の遊歩道は、十年ほど前までは、都心でも有数の花見の名所でした。
ところが、「毛虫が気持ち悪いので伐採して欲しい」とPTAなどの陳情で、馬鹿な事に、区もその圧力に屈し、半分程伐採してしまいました。それでも桜並木として美しいのですが、そんなアホなことをしなければ、都心でも一二を争う素晴らしい桜並木になったと思います。

 

DSC00909批判を承知で言うと、このところ「自己中」の女性達がやたらと目につきます。前や後ろにチャイルドシートに子供を乗せた電動自転車で、規則破りの右側通行。縦横無尽、我が物顔とはこういうことで、うっかりしているとこちらにも害が及ぶ「走る凶器」と化しています。大事故が起こらなければいいのですが……。
世の中、都合良く権利だけ主張して、ごり押ししているのは、何もPTAや重装備の電動自転車の運転者に限りませんし、無教養の自我剝き出しの「老害者」にもよく遭遇します。小生も、64となり老人の一人となってしまいましたが、慎みや、謙譲、我欲を押さえるためにそれなりの努力をしているつもりですが、そんなことに全くお構いなしの「老人」の多いこと。
残念ながら今から教養をつける気力も努力もしたくないという方々は、もっと若者達の言葉に謙虚に、真摯に耳を傾けるべきだと思うのです。もっともそういう人は、そんなことにすら気がつかない……。
春にしては冷たい雨に、櫻も大分散りました。櫻の美しさはその散り際にあります。世にはびこる「モンスターペアレント」や「我欲に固まった老人」、はたまた「いい加減な役人」や「利権と保守に汲々とする政治屋」何れも物事の理を知らないのは誠に、日本にとって大きなマイナスです。
私は櫻そのものよりも、はなびら散った後のみずみずしく張りのある葉櫻が大好きです。
若者よ「清々しい葉櫻たれ」。
2015.4.5 春吉省吾