9月も残り僅か

金木犀夏の熾火横秋櫻紫式部

9月も半ばを過ぎて、あっという間に終わってしまいそうです。
とにかく忙しい9月でした。「夏の熾火」の搬入から、6日には弓道の「東京都生涯スポーツ大会」(参加44チーム)の渋谷ちーむとして参加。残念ながら決勝戦で敗れましたが、準優勝。選手としてもまだまだやれると感じました。

弊社の決算が8月なのですが、新刊「夏の熾火」を、お世話になった方々へ為書きをして、手紙をつけてお送りする作業などが重なって深夜まで作業が続いています。
併せて一番厭な作業の「正誤表」の作成。これも神経をすり減らす作業でした。疲れましたね。
普通の作家なら仕上がった新刊を前に一休みなのですが、私の場合はそうはいきません。全て独りでやっていますので、校正も私一人です。勢い「誤字脱字、訂正したことでかい行ミス」など色々とあります。
仕上がった後、涙ながらにチェックし、今回も友人や親しい人達から寄せられた「誤字発見」を纏め正誤表にしました。辛いものですが、出版社の矜持としてやらないわけにはいきません。

不思議なもので、過去の経験から、どんなプロでも、一人では誤字脱字は全てチェック出来ないという事実を知っています。「超長編の作品」であれば五、六人のプロが必要です。
私の場合、その都度「正誤表」を改訂して、読者に謙虚にお詫びするしかありません。
21日には「城西地区居合道大会」が開かれましたが、渋谷の我が部会が主幹でした。総合司会や当日の仕切りの責任者として結構大変でした。
さすがに、終わった翌日の22日は、疲れ果てて昼まで寝ていました。

とても人間とは思えない生活をここ数ヶ月してきました。
それでも、週2回の「弓道」の朝の稽古や、週三回のジョギング・ウォーキングは続けました。
自分でも結構偉い!!と褒めてやりたいところですが、歳も考えずに「寿命を縮めているようなこと」をしているのだから自業自得。しかし、人間やりたいようにやらないと却ってストレスが溜まります。
正誤表作成の辛さなどすっかり忘れて、新しい執筆と資料の読み込みと、足りない資料漁りをはじめています。馬鹿ですね~全く。
歳をとると色々な役職やしがらみに時間を取られてしまいます。出来上がったところへ挨拶だけとかと云うことではないので大分重荷になっています。何れこちらは後輩に繋いでいかなければと思う今日この頃です。
金木犀も良い香り、散歩道の秋櫻、わが家の紫式部。

 

 

「夏の熾火」の裏話・1

夏の熾火横ジョギングコース夏の残滓

お陰様で長編歴史小説「四季四部作」のシリーズ第三作、「夏の熾火」を10月1日から、ネットショップで先行販売を実施することになりました。
書店や、アマゾン、セブンネットなどは11月1日からの販売です。
数回にわたり「夏の熾火」にまつわる裏話をいたします。
ちなみに、主人公三人の関係は、吉見台右衛門の弟子が、葛西薗右衛門、薗右衛門が亡くなった後の弟子が和佐大八郎です。
弓道の稽古をされていらっしゃる方々は、何れも知られた人物です。
三人は紀州藩士で、京都三十三間堂の大矢数(24時間のうちにどれだけ多く、西縁の南の端から北に向かって、長さ120メートル、高さ5メートルの空間の中を、何処にも触れずに通した矢の数、「射越」を競う)の記録保持者です。
それを「惣一」といい、日本一の弓引きの称号のようなものと思ってください。
24時間の間に、総矢数10000射~13000射を放ち、6000から8000本を射越すのです。人間業を越えた驚異の弓術家達です。彼等が活躍したのは今から300年前ですが、その後、現在に至るまでこのような事が出来る弓術家は出現しませんでしたし、これからも出現しないでしょう。

5年前に「冬の櫻」という長編時代小説を上梓しましたが、圓城寺彦九郎という弓術家を主人公にいたしました。それまで「弓術家」の本格的な小説はありませんでした。
春吉省吾が、「弓道小説」という新しいジャンルを作ったと言うことです。
不思議なことですが、それまで多くの「剣豪小説」はあるのですが、本格的な「弓道小説」は全くありませんでした。今思うと、長く各流派の「伝書」が秘されたままで、資料としては公にされていなかったというのも原因の一つでした。(他に色々ありますが、ここでは触れません)

15年前、全日本弓道連盟の範士の先生方の合同稽古のお手伝いをしたときに、
「弓術家の小説を書きたいのですが……」
と、控えの部屋から出ていらっしゃった、当時全日本弓道連盟副会長の範士九段(後に十段)、志々目義宏先生に、失礼を顧みずにお伺いしたところ
「私は、鹿児島の田舎弓引きなので、お役に立てないが、違う先生に尋ねてみよう」
と仰有って、わざわざ別な範士の先生の処に戻って行かれました。
暫くして、大きな声が聞こえました。
「弓道小説など、今までどんな小説家にも書けなかった。素人が書けるはずが無い」
その声は、私の耳にも届きました。
その範士の先生が仰有る事はもっともで、私の足は竦んで、その部屋に入っていけませんでした。
戦国武将を彷彿とさせる厳しい佇まいのなかに、優しさを秘めた志々目先生も、平成18年にご逝去され、「弓道小説など書けないよ」と仰有った範士の先生も既にお亡くなりになってしまいましたが、今でもその時のことが忘れられません。
「冬の櫻」とこの度の「夏の熾火」を手にされたら、先生方はどんな感想を述べられたかと想像する春吉です。
2015.9.20 「夏の熾火」の裏話その1
写真は私のジョギングコース、夏の残したもの「蝉の抜け殻」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夏の熾火」期間限定先行予約販売開始します

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少し「憂鬱」Bit gloomy(blue)、かなり「お疲れ」really tired

「夏の熾火」が出来上がって、ずっと「肉体労働」が続いている。
取材から、資料調べ、執筆迄は、普通の作家の領域であるが、私の場合はそうは行かない。何しろ、それに加えて、組版、表紙デザイン・レイアウト、印刷・製本屋さんとの納期価格交渉、売価設定、流通との交渉、HPの製作・改訂、DM 、葉書、栞などのPR物も一人で作る。更に、倉庫への搬入、在庫管理、注文への梱包発送を全て独りでやっている。
今回も急ぎ「正誤表」を作りながら、お世話になった人への「為書き」など、目の回る忙しさである。
本体の会社に負担を掛けずに(本体は今期で33年目)小説を上梓するため、入り口から出口まで、全て独りでやっている。
そう言っても、誰も信じないだろうが、事実である。
一般には、作家活動は、取材し、執筆し、校了した段階で普通は終わりだが、販売活動まで全てやるとなると、その数倍の体力と全く別な能力が必要になる。
好きではじめたことだから、泣き言は言わない。そう思うよりも、ここまでやれる物書きは、「今までに世界でただ一人」という自負を持ってやっている。
自ら「山本書店」として核になる自著の書籍販売もされた、山本七平さんであっても、私のようなことまではしていないに違い無い。

そうは言っても、何とかしたいことが二つある。
一つは自分の書いたものを「校正」するほど難しいものはない。二千枚からの原稿を、何十回と確かめながら校正をしても、必ずチェックミスはある。完璧はない。今回も変換ミスや行送りのミスで、「ははあ、馬鹿なチェックミスだ」と嗤われるようなミスも犯す。しかし全体のプロットには殆ど影響は無いが、出版社として恥を忍んで、正誤表を出す。
完璧にするためには、プロの校正者を複数人、頼まなければならないが、(一人ではいくらプロでも間違う)コストアップとなり、現在の価格ではとても販売できなくなってしまう。
大手出版社でも「夏の熾火」の装丁とページ数であれば、この価格以下の値付では売れないと思う。
本になってから、正誤表を自ら作ると云うことほど、作家にとって、「憂鬱」で「疲れる」作業はない。涙が出るほど辛い。
また製本屋さんからの書籍を倉庫に入れ、区分けするのも、肉体的に疲れる。
まあ、好きな本を好きなように出すために、背負う痛みと負荷である。

それから、何とかしたいもう一つは、やはり多くの人に読んでもらいたいということだ。
当たり前のことだが、弱小出版社の悲しさゆえ、読んでもらえる読者は少ない。
今後は、短編中編を大手出版社にも売り込み、より多くの読者に拙著を読んでもらいたいと思う。それも視野に入れ、何とかあと数編、体力と気力が衰えないうちに、頑張って長編小説の執筆をやり遂げようと思う。
そうすれば、一発屋の作家と違って、長編小説の為に取材した、ストックは負けないので、今後は、短編中編の、楽しんで頂ける「やや骨太の大衆小説」を作っていきたいと思う。

今まで、一度もこのようなことを書いたことがなかったが、開き直っているわけでも、泣き言を言っているわけでもない。ただ、そういう作家がいて、出版社もあると言うことを知って欲しいということだ。
こういう「奇特」な人間がいなければ、口先だけの腰の据わっていない「文化人や文筆家」が跋扈するだけだと思うからである。
何とぞ御声援を。

ただ、タイトルの通り、上梓後は、いつもと少し違う。
一言で言うと、女性のマタニティー・ブルー(maternity blue)に近いかもしれない。
マタニティブルーとは、出産直後の女性が陥りやすい不眠・ふさぎこみなどの一過性のうつ状態で、私は女性でないから本当のところは判らないが、上梓した後の一連の作業は、ずっしりと落ち込む。
マタニティ・ブルーの解決法は「完璧主義」から脱することであるとあった。
そうだ、天才でもない私が、一連の作業を全て完璧に出来るはずがない。
それよりも、「多少の誤字脱字は勘弁」頂いて、次の執筆に取りかかろうと………。
これは、開き直りか、やっぱり……。  まあそんなわけで、我が心境は、少し「憂鬱」Bit gloomy(blue)、かなり「お疲れ」really tired。     2015.9.16

お求めは
https://haruyoshi.stores.jp/ よりどうぞ。

写真は、関東・東北に甚大な被害をもたらした水害の翌朝、ジョギングコースの大山公園から見る、鱗雲。東京消防学校の空もすっかり秋。わが家の紫式部。

九月になりました。(9月3日のこと)

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DM表紙A

夏の入道雲ともお別れです。 入道雲は、未来の躍動と希望を強烈に印象づけるようで、細田守のアニメーション映画には必ず登場する。
酷暑の夏を経験し、入道雲のスケールの大きな自然を経験した、青少年達は、必ず何かを掴んでいると云うその象徴として描かれる。
そんな入道雲の酷暑の夏も終わり、季節は駆け足で秋に向かおうとしている。
「夏の熾火」のDMも仕上がって、後は、上・下「本」が仕上がって来るのを待つだけになった。
次の執筆の資料を漁りながら、事務所の片付け、DMの宛名書き、お世話になった方々への為書きなど、作業は山ほどあるし、我が社の決算事務もある。

今日一年ぶりで、渋谷の町へ出た。現在の渋谷の繁華街には魅力を感じないので滅多に行かない。年一回の健康診断の時だけで、その場所は246を越した桜ヶ丘。30年前に5年ほど我社が借りていた、事務所の直ぐ近くである。
一年に一度しか足を運ばないから、テナントが変わっているのがはっきり判る。
私の記憶の中で変わっていない場所を見つけて、「ああ変わったな」と判る。

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マークシティの裏側には、今も「のんべい橫丁」はあるが、30年前はこの辺り一帯が、不思議な異空間であった。今のように作られたレトロと云うよりも、卑猥さを隠そうとしても隠しきれずに漏れてしまったような、緊張感と危うさの残った、やくざな空間であった。今は確かに表面は「健全」を繕っているが、果たしてどうだろう。この辺りに飲みに出なくなったから何とも言えないが……。

我々は現状を抜本的に変えようとしない。例えそれが上辺だけの『健全』と薄々気付いていても、そうである。
みんな横並びでやっていれば、当面、不安、恐れ、おののきなどが緩和される。
年齢を重ね、財産や社会的地位など守るべきものがあると尚更、現実から目を逸らしてしまう。
人の感性は鈍感になり、形式化し想像力を失う。
まさに「ゆでガエル」状態?
煮えたぎった鍋にカエルを入れようとしても逃げてしまうが、水が入った鍋であればカエルはおとなしく入る。この鍋を火にかけゆっくりと温度を上げていっても、カエルは自分がゆでられていることに気づかず、最後には「ゆでがえる」になってしまうという有名な話にそっくりである。

ところで、政府、それを取り巻く外郭団体、都道府県などの組織の指導者は馬鹿でも良いが、大局観を持たない腹の据わらない似非指導者が一番たちが悪い。
大局観とは、個癖に固まった意固地な思いこみではない。
悪い事に、そういう傍には、剃刀のように頭は切れるが、自己顕示欲が強く、小賢しく、目先のことしか考えられない典型的な官僚たちがまるでコバンザメのように必ず付き従っている。
彼等に操られ、誰も責任の所在を明らかにせずに曖昧なまま事は進み、いつの間にか既成事実が出来上がってしまう。
今日本で起こっている様々な事象は全てこれである。
もっとも、中国、韓国、ロシア、米国にしたって、指導者の資質はひどいものだが、日本はもっと劣化して現在の為体(ていたらく)である。要は、頭の良いスタッフをどのように使いこなせるかと云うことに尽きる。(政治家は官僚の使い走りではない・本末転倒)
多様なものの見方をして、現実を直視するためには、自分の頭で考えられる「思考回路」を持っていないと、大変なことになる。(心身経営学で20年来主張しているとおり)

スマホも携帯も、出来るだけ使いたくないというのが私の本音で、意識して必要最小限にとどめている。
山手線や地下鉄の乗客の皆が一斉にスマホや携帯を開いている光景は不気味で異常だと思うのだが、誰もおかしいと考えなくなった時、社会は「異常に鈍感になっている」。