「夏の熾火」の裏話3 2015.10.29

城西大会明治神宮至誠館2実技講習会11月から「夏の熾火」一般販売です。

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(弊社扱い、流通業者の手配のもたつきで遅れはあるかもしれません)
弊社のネットショップからお求め頂くのが一番確実です。

もっと早く告知しようと思っていたのですが、メインのコンピュータが突然故障し、一昨日、ようやく復旧致しました。何が起こるか判らないとはこういうことをいうのでしょう。

今回は、主人公の一人、吉見台右衛門(順正)の指導力とその弟子葛西薗右衛門についてお話しをいたします。
弓術家として台右衛門は一流でしたが、組織の管理者としては、屈折した感情を持っていました。父、喜左衛門のしたたかさに全く太刀打ちができずに、翻弄され続け、それを乗り越えて初めて、台右衛門は男として独り立ちし、指導者としての第一歩を踏み出すことになります。

「夏の熾火」は、吉見の指導者としての成長の軌跡として読んで頂く事もできます。
紀州竹林組織を纏め、紀州藩の弓道組織の頂点に立つためには、競争相手を排斥し、部下を育てなければなりませんでしたが、そこまで非情にはなれなかったのです。
そこに現れたのは、天才弓術家、葛西薗右衛門でした。
早くから葛西の才能を見抜いていた、台右衛門でしたが、その才能は、師匠としても嫉妬すら覚えるほどでしたが、この天才的な弟子によって指導力の不備を何とか補うことができました。
とにかく、葛西薗右衛門の「天才」は、頭抜けたものがあります。
そういう天才の弟子を持った、台右衛門はその「天才ぶり」に翻弄されます。
台右衛門の立場は、組織のリーダーと言っても、藩主や重役達の下で、いわば現場監督です。その悲哀は現代の中間管理者と同じものです。

ところで、その天才弓術家葛西薗右衛門、三十三間堂の「通し矢の矢数帳」には、前人未踏のとんでもない記録が残されています。
三十三間堂の西外縁の長さ120m高さ、5m弱の高さの細長い空間を何処にも触れずに、矢を射る事を「射越す」といいいます。彼は「全堂千射」にて、千射を射て何と960本を射越しました。また、「大矢数」という一昼夜を通して戦う競技でも、射越率(何本放って何本射越したかという率)は、いまだ誰にも破られていません。
この記録から推測するに、薗右衛門は力任せでなく、いかに合理的な射をしたかがわかります。物書き春吉は、この天才弓術家に「美貌」を付与しました。上記の二つの記録は、しなやで柔軟な筋骨の美しさを持つ「弓引き」でなければ達成できない記録なのです。ですから、彼が達成した記録(その理由はここでは省きます)とその美貌は相通ずるものがあるのです。
紀州城下はもとより、京の女達、大奥の女中達をも虜にした、薗右衛門。
いい男っぷりであったことは、想像に難くありません。「美しすぎる天才弓術家」、葛西薗右衛門の活躍を「夏の熾火」でお楽しみください。
次回は、「夏の熾火」の新聞紹介記事掲載の予定です。

写真は、
●今年は渋谷区が主幹の「城西地区居合道大会」で総合司会と審判をしたあと、大会終了後の片付けのスナップ。となりは無段の部で優勝した、進藤君。
●東京第二地連の10月弓道月例会。
●渋谷区弓道連盟主宰の「第三回実技講習会」10月11日、始まりの体操。研修会のコーディネーターを務める。準備のレジメ作成と、一日掛かりの研修は大変です。これもボランティア。

「夏の熾火」の裏話その2 2015.10.4

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板倉神社・早朝ジョギング福島県立図書館雀蜂退治

主人公の一人、吉見台右衛門。紀州竹林派の弓術家で、三十三間堂の通し矢でも、「惣一」を為し遂げ、葛西薗右衛門や和佐大八郎の天才達弓術家達を育てた指導者としても知られていますが、実際物語にしようとすると「逸話」が殆どない人物です。
京都大徳寺で亡くなったことになっておりますが、寺に問い合わせをしても、資料を調査しても検証することが出来ませんでした。勿論、紀州藩歴史書「南紀徳川史」などの基本資料にはそのような記載はありません。

というわけて、創造力と推理力で物語を作っていくことに決めました。
父の、喜太右衛門は弓術に優れ、初代藩主徳川頼宣に、陰のように使えました。母の絹は京で売り子をしていたような女で、最後まで正妻にはなれませんでした。
油井正雪の乱で、喜太右衛門の探索にも活躍した烈女です。資料にほんの数行残る台右衛門の母は、四度目の大矢数に出かけていって指図した様です。
台右衛門が相当なマザコンであったことが想像されます。
したたかな父に翻弄され、なかなか自分自身の立ち位置を確定できない台右衛門。
それはずっと台右衛門の頭の片隅に、いつもこびり付いてた離れない事でした。
政治の渦の中に巻き込まれ、それを潔しとしない台右衛門。物語は様々な伏線を孕んだまま、台右衛門は龍神村、小森谷に棲む、幻の弓師、茂蔵を訪ねるのです。
茂蔵は、雑賀衆の鉄砲遣いでもありました。
茂蔵の魁偉な容貌は、波乱の人生を物語っています。
茂蔵は熊野の険しい山野で猟をすることで、小さな拘りを捨てて、今置かれているその時空を感じろと、台右衛門に身をもって体験させるのです。茂蔵の意志は、台右衛門にしっかりと伝わります。
台右衛門が自ら作り上げていた「呪縛」が解け、そこから「夏の熾火」の壮大な物語が広がっていきます。

11月より全国の書店・アマゾン・セブンネット・ヤフー・楽天・紀伊國屋ウェブストア・丸善&ジュンク堂ネットストアなどからも購入頂けます。「「ノーク出版のネットショップ」 では、先行予約販売をしております。是非ご利用ください。
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写真は、9月28日から30日の出来事。
「春のみなも」の舞台、阿武隈川と群生するススキ。早朝ジョギング・ 板倉神社。二日間通った「福島県立図書館」。完全武装して「雀蜂退治」蜂の巣の大きさは何と直径20センチ。怖かった。(「夏の熾火」にも雀蜂が登場)