新しい事にチャレンジしています VOL.53

●2019.1.28
目黒行人坂・大円寺。立ち寄ったのは20年ぶりだ。ここの木彫りの「大黒像」を2つ持っていて、私の事務所の神棚におかれている。
境内の左側には目黒行人坂火事の犠牲者追悼のために作られたという石仏群 491体がある。境内の右奥には、「八百屋お七と吉三(西運)」の墓碑がある。江戸本郷の八百屋の娘お七が、恋人の吉三に逢いたい一心で放火事件を起こし火刑に処された。大円寺はそのお七の恋人、吉三ゆかりの寺で、お七が処刑された後、出家して西運と名乗り犠牲者を弔ったという。
お七は井原西鶴の『好色五人女』の四巻に取り上げられた。

●2019.2.1 長澤大兄にいただいた「清酒・二重橋」。皇居だけで販売しているお酒です。本日開封。

●2019.2.10 30年ぶりで「水族館」にいった。品川水族館は、小さい子供連れで一杯だった。

 

●チャレンジ1 「新しいネットショップ」開設
これまでノーク出版より9冊の書籍を発刊して思うことは、日本の出版流通業界は未だに旧態依然とした業界だということだ。アマゾンが日本の出版流通の事情を知って、強気に出たのも十分に事前調査をして進出したからだろう。流通を通して本を書店に依頼する場合、配布にあたって出版社の意思は通らず、売れなければ汚くなって返品され、入金は半年、一年経っても入金されない。それでは資金繰りが回らないから、大手流通会社との商慣習で「割引手形」が恒常化している。そういうもたれ合いの業界だ。 勢い出版社は、会社を継続していくために、内容はそっちのけで、売れる本、名前の知られたタレント本、売れっ子作家の本が店頭に平積みされる。経営的には理解できるが、本来出版の存在価値を自ら放棄している。
まあここでは、日本の活字文化がそのような薄っぺらな状態にあると言うことに留めておく。

ところで、作家として自分の本がアマゾンの中古として「1」円で売られたら、良い感じはしないが、売れっ子作家にならない限り、そうはならないから、いまのところ私にはその心配はない。
コネも人脈もなく、資金もないから、多額の保証金が必要な大手出版流通との直接取引などは望むべくもない。だから二次・三次の流通業者に委託しているが、実際には販売の殆どを自分のルートで販売してきた。これまでもネットショップを開設しているが、カード決済支払いは多くない。流通の手数料も法外だが、ガード決済の手数料も馬鹿にならない。
ならば、その分を読者に還元しようと、新しく、後払い専用の「ゆうちょ振替伝票」ネットショップを独自に立ち上げることにした。ここからの購入者には多くの特典を付け、ノーク出版に読者にも有利な、WinWinの関係を目指して、3月の後半からショップを開く<strong>。(https://nork.easy-myshop.jp/</strong>  に現在準備中です。オープン近くになったらご連絡致します)
現在「今、言挙げぞする~まとわりつく嫌な感覚を取り除くために」という四百字原稿用紙で180枚程度の書き下ろし随筆を、A5サイズの小冊子に仕上げている。簡易製本にして、限られた方にだけ廉価で販売しようと思っている。その際にはこのショップから販売します。

蛇足だが、昨年、カード決済の脆弱性を身をもって体験した。夜の10時頃、カード会社と名乗る電話があって、「異常な金額があなたのカードから引き落とされていますが、これは実際に、あなたがご使用になったものですか」という。はじめは悪戯電話と思ったが、そうでは無かった。引き落とされたという明細を確認すると、全く記憶に無い。私の知らないところで、私のカードが使われたのだ。まさか、自分が被害者になるとは思ってもいなかった。カード会社では、異常な取り引きを常にチェックしているのだろうが、悪戯電話と思って電話に出なければ、被害は明細書が送られてくるまで判らなかった。恐ろしいと思った。
カードは全て新しく作り直すことになった。その間カード決済は出来ず、自動引き落としに支障をきたした。カード決済の取り引き先から情報が漏れれば、あるいはクレジットカード乗っ取り手法に高度なAI技術が駆使されれば、対抗策は極めて難しく、避けられないと覚悟すべきだ。
政府は、消費税アップの批判を和らげるため、カード決済を更に促進する方針だが、決済を全てカードにする危なさを知るべきだろう。現金後払いというシステムも、残しておかないと大変な事になるという思いが、後払い専用の「ゆうちょ振替伝票」ネットショップの開設に踏み切った理由の1つだ。
イギリスで起こったFACE BOOKの大量情報漏れをはじめ、様々な個人情報がダダ漏れしている今、カード支払いの恐ろしさも自覚すべきだ(止めろとは言っていない)。
私のチャレンジは時代に逆行するものでなく、自己防衛の補完システムの1つと捉えてほしい。

●チャレンジ2 税務申告を全て自分で実施した
今年から、青色申告と確定申告は全て自分で申告することにした。会計全般に関しては多少の覚えがあるので、今まで会計事務所にお願いしてた業務を、コスト削減と頭の体操を兼ねて自分で作業を行った。税務申告については、最新のハウツー書を購入し、年間1万円ほどの会計ソフトを利用した。仕訳票や総勘定元帳、BS、PLも作った。便利になったものだ。
確定申告は、色々な算定の基準に合わせて結果の数字を纏めるのだが、やってみて思ったことが2つある。
1つは、国の方針で、つまり国税庁のさじ加減で、徴収税額を増減させることが出来る。算出方法をパズルのように難しくしているのは、税務官僚の実に上手いやり口だ。税法改正はその細かいところまで、国会で論議の対象にはならない。国会議員が税制に対して不勉強と言うこともあるが、「憲法改正」「消費税アップ」などの国民的大論議は決して起こらない。というのも税制改正によって、どの層が、どれ程税額に変化を及ぼすか、情報の全体が官僚にのみ握られ、ブラインドになっているため、具体的に反論できず、判らない間に決まってしまう。
2つ目は、確定申告をやってみて、社会保険料が高いということを改めて感じた。私も年金受給者の一人なのだが、健康保険、介護保険、後期高齢者医療保険などの支払金額は高い。それ故に、厚生労働省や社会保険庁の不正や杜撰な作業には腹が立つ。
日本人として支払い義務を負うのは当然だが、中国人を主とする外国人に日本の国民保険制度が悪用されている多くの事例が発覚している。言語道断だ。これら悪質外国人が高度の癌治療に国保を使ったあげく踏み倒したり、海外で出産して日本で支援金をもらったり、海外にいる家族まで扶養に入っていたりと、やりたい放題にやられている。
一昨年、東京荒川区では出産育児一時金42万円の受給者の26%が中国籍と判明した。自国民に厳しくて、悪辣な中国人達にいいようにされている。緊急に徹底的に取り締まる事が必要だ。こんなことを放置していたら、誰も高額の社会保険を払いたくなくなる。厚生労働省の職員さん、社保庁の職員さん、襟を正して、慎ましく暮す日本人のために、どうかまともに働いてくれ!!

個人のマイナンバーや企業のID記載は、確定申告書をはじめ行政の提出書類はいつの間にか既成事実になった。データを集積すれば、国家管理は楽になるが、上記のようなことを考えると、実に日本の官僚制度の事務手続きは危機管理に脆く、笊だ。くれぐれも情報漏れの無いように頼みますよ!
今回、申告業務をやってみると、税務申告書には税理士の署名捺印の欄がある。しかし現在のソフトをより高度化させれば、合法的かつ節税シュミレーションが簡単にできてしまう。税理士業務そのものが不要になるのではと思う。しかし数字を見ただけで拒否反応を起こす国民が大部分だから簡単にそうは進まないし、そこまでソフトを進化させると、強力な「税理士会」が、そのソフトをボイコットしてしまうに違いない。それに税理士資格は、国税専門官として退職後の受け皿になっているという現状もあり、国税庁は税理士制度を蔑ろに出来ない。
更に話を進めると、AIの進化によって、財務省の予算策定も、ビックデータの優れた解析ソフトを開発することで、国家予が策定される時代になったといえる。(超)優秀なソフト開発者数十名と、スーパーコンピュータにより、収集した膨大なデータを活用すれば十分可能なのだ。
従来、財務官僚が主導してきた各省庁との予算折衝が彼らの権力の根幹であったが、本来財務官僚に求められるのはそんなことではない。官僚として国家のグランドデザインを構築する能力、哲理・哲学・真の愛国心・矜持という一番大切な能力を求められる筈なのだが、いつの間にか矮小化してしまった。予算権を握った事で偉くなったような勘違いをしている財務官僚、優れた記憶力や、素早い情報収集処理能力などで「頭がいい」とされてきた「能力」が、AIの進化によって、無用になってしまう。

今、日本にとって必要なものは、従来求められていた官僚の資質とは真逆な、AIの進化をいち早く取り入れることなのだ。しかし本来の正しいAI導入は、財務官僚達の既得権を破壊するパワーを持つ。彼らの激しい抵抗は必至である。しかしそれが、次世代の日本活性化の要の1つである。AI時代に優秀な官僚達をどう使うか、政治家の能力と矜持が問われているが、果たしてどうか。
最後にひと言、私は酔狂で新しい事にチャレンジしているわけではない。細部を知ることで全体構図が見えてくる。その手法は長編小説の全体像を際立たせるため、細かなプロットに拘ることと同じなのだ。「秋の遠音」は、細かなプロットにこだわりつつ、頑張って記述している。
2019.2.14  春吉省吾 ⓒ

長編歴史小説を書くということ ~継続と断絶~ VOL.52

●2019.1.17 学習院大学目白キャンパス。間もなく入学試験が始まる。学生は少なかった。早めに着いたので、学生食堂を覗いてみた。カニクリームコロッケ定食450円、ラーメン250円、カツ丼380円、カレーライスM270円。食べる機会は無かったが、安い。
「学習院アーカイブズ」は、右の写真西五号館の地下にあった。
資料閲覧のあと目白の駅周辺を、ぶらっと散策した。老舗の和菓子屋が二軒直ぐ近くに並ぶその一軒、「志むら」という店に入った。全国展開していない和菓子屋さんの、季節の「上生菓子」を食べれば、その店の実力が判る。美味かった。直ぐ近くの「アンテンドウ」というパン屋さんで調理パンも購入した。

●2019.1.10散歩道の寒椿。

●22019.1.15   甲州街道と山手通りが交差する上を高速が通っている。600メートル先が新宿西口だ。

 

早いもので既に2月。春吉は寒さにめげず頑張っています。弓の朝稽古も週2回、日曜日隔週の居合稽古もやっています。それ以外の日は、朝のジョギング・ウォーキングも実施中。公園で、弓も刀も持たずに、シャドートレーニングもしています。武道の勘は2日で鈍ってしまいますので、この稽古は多少役立っているでしょう。
しかし弓道も居合道も20数年以上続けると、知らずに我流に堕ちてしまいます。私としては、常に合理的な筋骨の使い方を極めるべく研究していますが、端から見ると、突然、とんでもないことをやり出して、何と馬鹿なことをやっていると思われるかもしれません。
しかし、技をさらに今一段極めたいと思ったら、様々な事を試みて、より核心的なことを目指すというのは武道にもスポーツにも必要だと思うのです。
ところがやってみると、これが半端じゃなくとてつもなく難しい。大切な部分までおかしくなって今まで積み上げてきたこと全てがボロボロになってしまう危険もあります。それでもそこに拘るのは、「ここを体感できれば、一見複雑に見える事象のもつれをとく最上解が判る」という(Disentanglement)「解きほぐし」能力を手にすることが出来るからです。しかし残念ながら、私には大谷翔平選手や大坂なおみ選手の天分は無く、年齢も新しい事を吸収し、直ぐに血肉にする時期はとうにすぎています。
それも承知でチャレンジしているのは、日常生活において物事を判断するとき、この発想が役に立つと思うからです。けれど現状は、未完の儘に終わる可能性も甚だ大きいです。
それに無理をすると失敗します。13日の日曜日に、居合の稽古を2時間ほどやり、翌日の成人の日に、東京都の第二地連の初射会に参加しましたが、6射の内、4つ矢の射の時に、弓を持つ指が突然攣って、射にならなくなりました。
刀を扱う手の内と、弓のそれが違うので、稽古しすぎて痙攣をおこしたのです。
例えば、前日にボーリングをして、その翌日ゴルフコースに出ると、同じにスイングしても、シャンクをしたりする経験をした方もあるでしょう。そんなものです。疲れが翌日に残らないようにすべきだったと猛省しています。

さて、本業の物書きですが、昨年から「秋の遠音」の最終章に係わる、纏めの資料収集をしています。
学習院大学内にある、学習院アーカイブズ(以前の院資料室)の桑原光太郎様にお願いし、下手渡藩藩主、後三池藩藩主、明治9年初代院長に就任した立花種恭公、下手渡藩の家臣であった吉村春明の学習院在籍資料などを閲覧してきました。明治19年、神田錦町にあった学習院の校舎火災で、殆どの資料を焼失してしまったとのことですが、それでも時系列に頭の整理が出来ました。
事前に華族院の設立経緯などを調べていましたが、思いもかけないところで人と人とが繋がり、歴史の継続性、意外性が発見出来ました。歴史の深部の面白さです。
ただ、歴史の中からある人物が突然消えてしまう、断絶した時間・空間もあります。「秋の遠音」の主人公、吉村春明の波瀾万丈の一生の中で、どう調べても判らない空白の時期があります。明治5年からのおよそ4年間、東京での実業経験の詳細は不明です。学習院に4年5ヶ月勤務後、福島町での5年4ヶ月も不明。その後、春明は岩手県師範学校に3年5ヶ月勤務したあと、福島の飯坂町に隠遁し、2年5ヶ月後にその生を終えます。享年67歳。福島県立図書館などに十数回通って資料収集しても、春明が福島にいたことすらわかりませんでした。
吉村春明の大雑把な消息は、大牟田市の資料から発見しました。福島出身の私としては、地元の郷土史家の研究対象にもなっていないことが残念でなりません。下手渡藩が三池藩に吸収され、吉村春明が大参事になった後、廃藩置県で福島県に編入され、福島県に出仕しますが、5ヶ月で辞職します。春明のその無念は、福島人としてしっかり受け止めてやらないと悲しすぎます。
春明の人生の断絶部分を埋めようと、実子吉村五郎氏の足跡を求めて、会津史談会会長の坂内實会長にご連絡したのは3年前でした。
吉村五郎氏は、「下手渡藩史」を編纂された方で、会津史談会の初期会員でもありました。
明治21年に福島師範学校の第1期卒業生で、杉妻小、飯坂小、本宮小、安積高等女学校校長などを歴任しております。その後、若松第一尋常高等小学校の校長などを歴任していますが、その公式記録は、福島県・福島市の教育関係の資料では把握出来ませんでした。
坂内会長には、吉村五郎氏が昭和14年まで会津若松市内に住んでいたその場所を実地に確かめて頂きました。しかし既にその地は飲食店になっていて、吉村家の消息はそこで途絶えてしまいました。以来、ずっとその空白を埋めようと、機会ある毎に資料を漁っています。
物語はまもなく最終部分にとりかりますが、主人公の吉村春明は、幕末の激動の中で、もがき苦しみます。
十数年前に、私の生まれ故郷の近くにある下手渡藩という珍しい藩名に興味を持ち、調べ始め小説を紡いできましたが、時空間を超えたとてつもない広がりを持つ小説になりそうです。
物語は11代将軍家斉から明治中期までの86年、舞台は奧州下手渡、江戸、筑後三池は勿論、蝦夷地、長崎と、日本全土を蔽います。こんなに大変な小説になるとは思っていませんでした。
断絶した部分は、ほんのわずかな資料をたよりに、物書きの想像力をつなぎ合わせ、纏めると臍を固めました。自身の(Disentanglement)能力を信じて書くしかないからです。しかしそうは言っても、上梓まで苦しく孤独な執筆はあと半年ほど続くでしょう。
その間、このブログをご覧になって、吉村春明の足跡のほんの少し、わずかな情報の欠片でもお持ちと思われた方は、春吉省吾まで御連絡下さい。最後まで吉村春明の空白部分を埋め、歴史小説「秋の遠音」を完成させたいと思っています。
2019.2.4 春吉省吾 ⓒ

追伸
弊社が現在利用している流通業者にはなかなか弊社の要望が通りません。在庫があるにも拘わらず「言挙げぞする」などはアマゾンには正規流通品欠品のままで古書販売業者の品が売られています。むかついています。日本の出版流通業界は旧態依然としてなれ合いで現在に至っているようです。アマゾンに完膚なきまでに言いようにされているのが頷けます。
それと、ネットショップに利用されているカード引き落としは、今やあたりまえになっていますが、実は大きな危険性も存在します。私もその被害を被りかけました。これは次回のブログとします。
ということで、3月から、「ノーク出版ネットショップ・ゆうちょ振り込み専用」を増設し、代金後払い、商品と一緒にゆうちょ振替支払票同封し、一定額以上購入した方には、送料、送金手数料無料とし、クーポン制も導入した、カートを使わない特別ショップを増設します。よろしく。