希望と憂いの2020。だからこそ「秋の遠音」を読んで欲しい。VOl.61

●2019.12.17米沢駅。平日の午前中、落ち着いた駅の佇まいだが、人はまばらだ。

●2019.12.17上杉神社は、上杉家の居城で米沢藩の藩庁だった米沢城本丸の奥御殿跡に鎮座する神社だ。祭神は勿論、藩祖である上杉謙信。

●2019年の8月に大沼デパートが全館閉館し、「コンクリートの塊」になってしまった。私のふるさと福島市も駅前再開発で「中合デパート」が解体されるという。(予定は未定)
東京の大手デパートも賑わっているのは、地下の食料品売り場だけだ。「デパート」という店舗経営のありようが大きく変わっている。
アメリカの老舗百貨店バーニーズが2019年8月に破産申請、店舗閉鎖 。

●2019.12.17東寺町の黒板塀の続く道並み。お寺が連なりて寺町を形成している。堀を塞ぐ荒い鉄の網は、積雪対応のためだ。東寺町は慶長年間に直江兼続が線引きを行ったとされる。

●2019.12.17八谷街道、最上川の上の陸橋から南を望む。西吾妻の山々が遠くに霞んで見える。通年ならば、峰々は真っ白のはずなのだが……。

【本文】

新年明けましておめでとうございます!
 大晦日から新年に変わるその時もいつものルーティンで、机の前に座ってキーボードを打ち込んでいた。私の頭の中にはの最後の数行が、既に書き込まれている。もう少しだ。
 とはいうものの、全体を調整して本にするのは数ヶ月かかる。「秋の遠音」(上・中・下)は、早ければ今年の4月頃には書籍になります。
 主人公、吉村土肥助(後の春明)が生まれる21年前の文化3年(1806年)から、吉村春明が亡くなる明治25年(1892年)まで、幕末・明治初期を含む「激動」を描いた物語である。令和に贈る、春吉省吾の「日本の大河小説」である。
 縦糸と横糸が紡ぐ、時間と空間、偶然と蓋然が人間の歴史となる。春吉の物語は、かつて日本の先輩作家達が綴った幕末・明治物語とは違った切り口で構成されている。
文字を読まなくなった、物事を重層的に考えられなくなった「今」の日本人に、超長編の読書の楽しさと、歴史時代小説の醍醐味を味わって貰いたい。

 出版とは、構想、取材、資料集めをして執筆するいわゆるソフトの「作家」部分と、脱稿後の校正、本文組み付けレイアウト、表紙レイアウト、装丁などの本に仕上げるまでの「製作部門」と、告知とPRやネット販売や流通への手配などの「販売部門」とそれぞれに一冊の本が読者の手元に届くまでに、数十人という多くの人手がかかっている。これを春吉省吾独りで作業している。まあ、世界で唯一の「ソフトとハードの個人製作システム」と言っておこう。

 2019年に、「29円モヤシの目線で 日本の危機と 生死観を考え直す。」という、「日本と日本人」に思いを寄せて、タガが緩んでしまった現状を踏まえて小冊子を上梓した。卑近な出来事から、近未来を予測し、我々はどう生きたら良いのかを提言した。しかしその提言は日本にとって希望に満ちた未来ではない。それが正しい「解」かどうかと大上段に構えなくても、普通に当たり前に考えれば、そのような結論になる。我々はいわばそういうところに立っている。
 第一、「正しい解」などという固定された概念は、人間の歴史には存在しない。我々一人ひとりは、固定観念を排し、何を思考しどう行動したら良いか考えなければならない。
しかし考えるといっても、追い込まれては、主体性がとれない。

 とはいえ、社会は益々複雑になり、混迷の度合いを深めている。世間の盲動に惑わず、何を選び、何を捨て、何に立ち向かい、何に耐えたらいいのか、その基準が不明確になってしまった。しかし、こんな正解がない混迷の時代でも、我々は、常に決断を下さなければならない。
 その時「哲学」あるいは「哲理」が役立つ。いや、役立つようにしなければならないのだ。
 現実社会で起こっている現象を俎上にのせ、その時、人間の感情と理性はどう働くのかという、現代の哲学者のテーマやそのエキスを、「ダブルスタンダード」(仮題)という冊子に纏めて、わかりやすく腑に落ちる「生きる哲理本」として書き上げたい。
 人はその思考の座標軸に自分自身の視座や立地点を見いだすことができれば、混迷がどのように深まろうと、理不尽な事が起ころうと、それら全てに対して、地に足をつけて生きることが出来る。そして我々はそう生きる事で自分の人生と、真摯に向き合える。
「ダブルスタンダード」は、「言挙げぞする」そして「29円モヤシ」に続く「春吉省吾の哲理」シリーズの3巻目となる。ご期待ください。

 さて話題は変わって、12月の16日と17日、故郷の福島市へ行った。元気を取り戻した母の顔を見て(92歳の母は、3ヶ月前、胸椎圧迫骨折で1ヶ月ほど入院していたが、無事退院)、先祖の墓参りをして、親戚数軒を回って、夕方は友人達と同級生の自宅(幼稚園から大学まで一緒の川口君、彼とは実に古い付き合いだ。今回もお世話になった。ありがとう)で「飲み会」をした。久しぶりの集いで楽しかった。
 その翌日は、前々から計画していた事を実行した。睡眠時間を削ってもこのリフレッシュの時間を作りたかった。但し、目的地に着いてから何処をどう巡るかは無計画。
 山形新幹線に乗り30数分で米沢へ。降り立った米沢の町は、暖冬のせいか根雪の欠片もなかった。7年前と違って、降り立った玄関口は元気が感じられなかった。
 市内の名所旧跡を中心とした、思いつくままに、ただひたすら歩く旅。 
 それにしても上杉神社の参拝客もまばら、記念館の入場者は私一人。東寺町の黒板塀を歩き、町の人に道を聞こうとしたが、15分歩いても人に出会わない。旧市街に戻って、遅い食事をするために精肉店の2階食堂に入った。カウンターに坐って、
「米沢、ちよっと元気がないね」と町の様子を尋ねてみた。
「んだすなあ、昔はもっと活気があったんだども、すげねえな~」
 大沼デパートが今年の8月で閉館したという。食事の後、立ち寄ってみた。ビルのシャッターが全て下ろされた無人の「ランドマーク」を見るのは寂しい。
 一方、私の住んでいる渋谷区は、2020東京オリンピックを控え、再開発、建築ラッシュがすざましい。年末恒例の道路工事と、資材搬入の大型トラックが道を塞ぎ、自転車で買い物に行くにも迂回しなければならない。何時直下型地震が起こってもおかしくない東京で、一極集中が益々加速している。急造した最新ビルが、倒壊しないという保証は何処にもないのだが……。
 地方都市の寂れ様と、限界を無視したような東京の膨脹ぶりは、そのまま世界中の様々な「格差問題」と直結している。
「希望と憂いの2020」。このままずるずると惰性と方便に明け暮れるのか、それとも一条の光は見いだせるのか。いずれにしても大きな分岐点になる2020年である。
 読者諸兄にとって、充実の年になりますように!! 
                                                             2020年 元日  春吉省吾ⓒ 
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