「秋の遠音」をじっくりと 何度も読んで欲しい VOL.64

コロナ禍がいつまで続くか不明のこの時期に「秋の遠音」の果たす役割は大きいと思っています。私が、僭越にも「秋の遠音」は「令和を代表する『大河小説』たり得る」と、偉そうに言うのも「人倫日用」を当たり前のようにやり遂げた男が、「秋の遠音」の主人公吉村春明だからです。我々日本人一人ひとりが、今、心に留め置くことは、「人倫日用」という日常の暮らしをしっかりと守り、人を人として慈しみ、それを何のてらいもなく実践することです。実はこれほど難しい身の処し方はないのですが、何時の時代もそういう本当の日本人、真っ当な日本人が、日本を支えています。パフォーマンス好きの、二枚舌の為政者ではありません。

主人公、吉村春明を小説にした「秋の遠音」には、生きる喜び、悲しみ、突然の天災、出会いと離別、愛と信頼、友情など、人生のあらゆることが全て詰まっています。どうぞ、どうぞ「秋の遠音」をお読みください。
吉村春明のネバーギブアップがあなたの心の襞を柔らかくするはずです。人は「生きてこそ」です。そして、日本人は素晴らしい、その日本人であるあなたも素晴らしいと思うはずです。

「秋の遠音」は長編、重層的な筋立てであるからこそ、人間の機微が細やかに描かれ、日本の本当の歴史が描かれます。大河小説とは「一個人や一群の人々の生涯や歴史を、時代の流れとの関連のなかでとらえていこうとする壮大な長編小説」と定義されています。
多くの日本人が「秋の遠音」のような、長編歴史時代小説に馴染んでほしいものです。

これまでの幕末から明治初期を題材にした歴史小説は、「幕末」から「明治初期」の一番大事なところが曖昧に分断され、あるいは意識的に「暗部」が消されてしまっています。「幕末」と「明治」は連綿と続いているわけで、作家の責務として、勝者の歴史でなく、敗者の怨念にも偏しない、時代の大きな変動と、流れを、後世にきっちりと伝えなければなりません。
それが「秋の遠音」という大河小説です。
私が十数年かかって「秋の遠音」に取り組んだ理由です。
「秋の遠音」の主人公、吉村春明は冷静な状況判断と、優れた実践スキルをいかして、常に現場の第一線に立ち続けた男です。令和の時代に、吉村の生き方は、再確認され、輝きを持つはずです。          2020年 5月1日  春吉省吾ⓒ          ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
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「秋の遠音」の予約申し込みは5月1日からです。出荷は5月15日からです。アマゾンからの出荷は6月末です。「四季四部作完成記念セット販売」は、ノーク出版ネットショップ限定です。
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感覚を研ぎ澄ませて、新しい「視座」を考える……。VOl.63〈秋の遠音・4月末より予約開始〉

令和2年4月も三分の二が過ぎてしまいました。皆さんお元気ですか。精神的にも肉体的にも忍耐が続きますが、「新型コロナウイルス禍」に負けることなく、心身共に余裕を持ち、一日を楽しく暮らしていきましょう。こんなことでめげてはいけません、ストレスを上手に回避していかないと、長丁場は持ちません!!

さて私事ですが、2月から昨日深夜まで、5月中旬に弊社ネットショップから販売予定(書店やアマゾンは6月以降になります)の「秋の遠音」上・中・下の最終作業をしておりまして、一日13時間、机に座りっぱなしの生活を続けています。但し、週2回の食材の買い出しと、日課の散歩と弓の素引きと、居合いのシャドウ稽古は気分転換にやっています。
独りで坐って作業をするのは、十数年なじんでいますから、「外出規制」でも、苦痛は感じません。作家の執筆活動から、校正・校閲、冊子デザイン、DM、しおり、ネットショップの増設等々、それらは全て自分で計画し、実施・管理・意志決定しない限り先に進みません。
勿論、全て「出版費用」は先出しですから、コロナ禍で、大変な思いをしている、中小企業、個人店主の大変さはよく分かります。私も、中小・零細企業の経営者の立場で、そういう修羅場を何度も経験してきました。そして今、「生きています」。
2011.3.11の大震災、私の地元福島市で、祖父からの会社を一社持っていましたが、東電の原発事故で、突然収入が〇になりました。いま、コロナ禍で起きている事と全く同じ事が、9年前に起きました。
東電からの保証金も何れ税金になるとの「善意」から、控えめに申請しました。しかし、結局のところ国や行政は助けてはくれませんし、「他所」を当てにしては何も解決しません。
私自身、経営戦略策定や、イベント設営、実施運営の経験を生かして、「心身経営学講座」を20年前から3年間主宰していましたので、突発事項にどう対処するかという事はある程度予測、準備はしていたのですが、実際経験してみると大変なことだらけでした。
その経験と「心身経営学」の一部を纏めて2011年に上梓したのが「経営の嘘」です。
その冒頭に「先ず腹を括れ」そして「決して首を括ってはいけない」と、最初の章に書きました。
「努力は報われるか」「企業は潰れる」しかし「絶望の淵からどんなことがあっても我々は生きなければなりません」と記述したこの書は、自分自身を鼓舞するために書きました。

当時の「原発の風評被害」はひどいものでした。今もコロナ患者に対して、人の道に反するような、言動を吐く卑怯者がいます。彼等はろくでもない生き方しかしてこなかった人達です。そういう人間に限って「自己中」の権利ばかり主張する人間です。中年・老人の中にも、目に余る買い占めをしたりする日本人が多いのは残念です。
新型コロナ禍が恐ろしいのは、「いい加減なことをして感染した者が、真面目に暮らしている方に移してしまう」という実に厄介なウイルスです。
真摯に生きている人間が、どうにも割を食う世の中ですが、これは、今に限らず、大昔からあった事です。悔しいけれど、身を切るような決断をしなければならないこともあります。ただ、こういう時期には、体も心も「虚」になっています。くれぐれも、甘言に釣られるようなことがないように、気を引き締めて、ゆったりと生きましょう。こんな時、決して頑張りすぎてはいけません。(かく言う私もこのところ頑張りすぎです。反省しています)
四季四部作・長編歴史時代小説シリーズ最後の「秋の遠音」の、最後の最後の校正をやっと終えましたので、こうしてブログを書いています。
その間、新型コロナ関連の報道を丹念に見ていました。最初はいろいろな情報を追い求めましたが、いい加減なコメントが多く、腹が立ち、不安を増幅するので止めました。
何故かというと、この武漢由来の新型コロナウイルスの①病理的特性、それが及ぼす②経済的影響、そしてそれに対する、③政治的な施策、行政の方策、そして、それに対する④我々の対応と覚悟など、メディア・報道は、それらをバラバラに語るだけですから、腹が立つわけです。
例えば「新型コロナの病理的特性」などは海外の論文などを検索し、医師達の研究成果などを調べて新型コロナとはこういう奴だとはっきりとわかりました。しかし、現在のところそれに対する対処・克服法は「わからないということがわかった」ことです。
金融・財政政策に関して、これまで否定的であったドイツやアメリカが、MMT理論を援用し、どんどん「お札」を発行しています。日本の財務官僚、日銀は「コロナ禍」に対して、認識が甘く、腰が引けています。尤も、IMF(International Monetary Fund、国際通貨基金)の声明なども「?」と思うほどで、論旨がぼけています。
財務官僚の圧力で、意志が定まらない、ボケの「日本政府」ですが、何れ、落ち着いたら次作の「ダブルスタンダード」で、コロナ禍後の世界を予測しつつ、私の実践哲理とその背景を記載します。「哲理・哲学の明確な意志を持って」このコロナ禍に対処する事が必要なのですが、与党内で肚の坐った「次期総理候補」はいないのですかね……。
これからの政治を志す方々には是非私の「秋の遠音」を熟読される事をお勧めする。
尤も、本当に読んで頂きたいのは、次世代の厳しい環境を担う、若い方々です。その理由は「秋の遠音」のあとがきの一部をお読み頂くとわかります。

〈あとがきより〉
(前略) 「秋の遠音」の主人公、吉村春明(土肥助)は、陸奥下手渡、筑後三池、江戸と行き来し、若年寄に就任した藩主種恭に常に扈従することで、視野が大きく広がりました。
春明は、様々な風土に暮らす人々、過激な攘夷志士、藩政改革者、老中若年寄などの幕閣、古河市兵衛などの新興商人、穢多非人など多階層の人達と接し「人間」を冷静に観ることを学びました。
そのような主人公の存在を知り、物語を創作できたことは作家春吉省吾にとって僥倖でした。
春明は、儒者佐藤一斎から「平凡に生きよ」と言われたことを忠実に守り、その一生を生ききったのですが、実は激動の真っ只中に身を置き「平凡」に生きることがいかに難かしいか……。
春明は自分の能力を当たり前と思っているのですが、その能力は希有なものです。
人倫を全うして生きる為には、人間中心の卑近で日常的な暮らしの中で、人を人として慈しみ、それを何のてらいもなく実践することです。実はこれほど難しい身の処し方はほかに無いのですが、何時の時代もそういう人達が日本を支えていたのです。
軽薄な知識人や、我欲の為政者が「日本」を作り上げたのではありません。これまでグローバルという名の下に、何とか機能していた「人」「モノ」「カネ」そして「情報」が、制御不能に陥っています。新型コロナウイルスの世界的蔓延によって医療崩壊となり、世界の経済活動が分断・破壊され、政府・行政、企業組織をはじめ、IOC、WHOなど、権威ある機関と称される組織もいい加減であることが顕在化しました。化けの皮が剥がれたわけです。権力を笠に、 策謀や二枚舌を弄する自己保身の指導者が、世界中に何と多いかと愕然とします。
新型コロナウイルスの蔓延は、初動を誤った「人災」です。この危機に我々はどう想像力を働かせ、人倫に基づいた意志決定をすべきなのか。日本の、世界の、人類の「近未来」が問われています。善後策を短絡に求めようとすれば、同様の危機はまたぞろ繰り返されます。
「今の時代、『秋の遠音』のような長いの書いたって、誰も読まねえよ。読むのも疲れる」
この言葉が今の日本の空虚な心を現しているとすると、日本人の民力はあまりにも情けなく、自分の能力を勝手に狭めて過少評価しています。
世界(地球と言ってもいい)と一人ひとりの日常は、我々の想像を遙かに超えて、複層的、重層的に絡み合っています。結果を簡単に求め過ぎ、細切れの表象だけをみても、不安に苛まれるだけです。
「秋の遠音」では、歴史に隠れている「事の本質は何か」という、哲学・哲理の明確な意志を物語にしました。この小賢しく世知辛い世間を生きるため、我々は今のままでいいのかと 「本気で考える時」が、令和のまさに今、この時なのです。
「秋の遠音」の主人公、吉村春明の一生を通して、自己を見つめ直すきっかけとなれば幸いです。
(後略)〈あとがきより〉

この厳しい時代をどういきるか。「秋の遠音」の主要テーマは、
「裏切りと我欲渦巻く混沌の時代に、春明(秋の遠音の主人公)は家族を愛し、友を信じ、人生を悠悠と生ききった」
というものです。この小説のメインテーマはそのまま「令和の今、真の人倫とは何かと問う、日本の『大河小説』遂に誕生」ということになります。
実は今回の「新型コロナ」の一番恐ろしいことは、従来の思考と行動を根本から、機能不全にしてしまう厄介なものです。新型コロナがひとわたり落ち着いたあと、我々の生活は、根底から変わることを余儀なくされます。それは社会システムが変わることは勿論ですが、そこで生きる我々に「あなたはどのようにあなたの人生と向き合うのですか」
と厳しく問われていることだと思っています。その新しいシステムは、取り立てて奇抜な中にはありません。冷静に世界を観察し、自分の視座を定めることです。そしてそれは人を慈しみ、人倫日用の生き方の中からしか生まれません。吉村春明は最後まで第一線の「現場」で、自分自身と向き合いました。
作家春吉省吾は、その全てを「秋の遠音」の中に描いたつもりです。
社会は、常に「現場」の中でしか変えることは出来ません。コロナ医療の最前線で、危険と向き合い戦っている「現場」の医療関係者の方々に、最大の敬意を表して、この文を終えます。
2020年 4月20日  春吉省吾ⓒ          ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
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