「秋の遠音」をじっくりと 何度も読んで欲しい VOL.64

コロナ禍がいつまで続くか不明のこの時期に「秋の遠音」の果たす役割は大きいと思っています。私が、僭越にも「秋の遠音」は「令和を代表する『大河小説』たり得る」と、偉そうに言うのも「人倫日用」を当たり前のようにやり遂げた男が、「秋の遠音」の主人公吉村春明だからです。我々日本人一人ひとりが、今、心に留め置くことは、「人倫日用」という日常の暮らしをしっかりと守り、人を人として慈しみ、それを何のてらいもなく実践することです。実はこれほど難しい身の処し方はないのですが、何時の時代もそういう本当の日本人、真っ当な日本人が、日本を支えています。パフォーマンス好きの、二枚舌の為政者ではありません。

主人公、吉村春明を小説にした「秋の遠音」には、生きる喜び、悲しみ、突然の天災、出会いと離別、愛と信頼、友情など、人生のあらゆることが全て詰まっています。どうぞ、どうぞ「秋の遠音」をお読みください。
吉村春明のネバーギブアップがあなたの心の襞を柔らかくするはずです。人は「生きてこそ」です。そして、日本人は素晴らしい、その日本人であるあなたも素晴らしいと思うはずです。

「秋の遠音」は長編、重層的な筋立てであるからこそ、人間の機微が細やかに描かれ、日本の本当の歴史が描かれます。大河小説とは「一個人や一群の人々の生涯や歴史を、時代の流れとの関連のなかでとらえていこうとする壮大な長編小説」と定義されています。
多くの日本人が「秋の遠音」のような、長編歴史時代小説に馴染んでほしいものです。

これまでの幕末から明治初期を題材にした歴史小説は、「幕末」から「明治初期」の一番大事なところが曖昧に分断され、あるいは意識的に「暗部」が消されてしまっています。「幕末」と「明治」は連綿と続いているわけで、作家の責務として、勝者の歴史でなく、敗者の怨念にも偏しない、時代の大きな変動と、流れを、後世にきっちりと伝えなければなりません。
それが「秋の遠音」という大河小説です。
私が十数年かかって「秋の遠音」に取り組んだ理由です。
「秋の遠音」の主人公、吉村春明は冷静な状況判断と、優れた実践スキルをいかして、常に現場の第一線に立ち続けた男です。令和の時代に、吉村の生き方は、再確認され、輝きを持つはずです。          2020年 5月1日  春吉省吾ⓒ          ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
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「秋の遠音」の予約申し込みは5月1日からです。出荷は5月15日からです。アマゾンからの出荷は6月末です。「四季四部作完成記念セット販売」は、ノーク出版ネットショップ限定です。
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感覚を研ぎ澄ませて、新しい「視座」を考える……。VOl.63〈秋の遠音・4月末より予約開始〉

令和2年4月も三分の二が過ぎてしまいました。皆さんお元気ですか。精神的にも肉体的にも忍耐が続きますが、「新型コロナウイルス禍」に負けることなく、心身共に余裕を持ち、一日を楽しく暮らしていきましょう。こんなことでめげてはいけません、ストレスを上手に回避していかないと、長丁場は持ちません!!

さて私事ですが、2月から昨日深夜まで、5月中旬に弊社ネットショップから販売予定(書店やアマゾンは6月以降になります)の「秋の遠音」上・中・下の最終作業をしておりまして、一日13時間、机に座りっぱなしの生活を続けています。但し、週2回の食材の買い出しと、日課の散歩と弓の素引きと、居合いのシャドウ稽古は気分転換にやっています。
独りで坐って作業をするのは、十数年なじんでいますから、「外出規制」でも、苦痛は感じません。作家の執筆活動から、校正・校閲、冊子デザイン、DM、しおり、ネットショップの増設等々、それらは全て自分で計画し、実施・管理・意志決定しない限り先に進みません。
勿論、全て「出版費用」は先出しですから、コロナ禍で、大変な思いをしている、中小企業、個人店主の大変さはよく分かります。私も、中小・零細企業の経営者の立場で、そういう修羅場を何度も経験してきました。そして今、「生きています」。
2011.3.11の大震災、私の地元福島市で、祖父からの会社を一社持っていましたが、東電の原発事故で、突然収入が〇になりました。いま、コロナ禍で起きている事と全く同じ事が、9年前に起きました。
東電からの保証金も何れ税金になるとの「善意」から、控えめに申請しました。しかし、結局のところ国や行政は助けてはくれませんし、「他所」を当てにしては何も解決しません。
私自身、経営戦略策定や、イベント設営、実施運営の経験を生かして、「心身経営学講座」を20年前から3年間主宰していましたので、突発事項にどう対処するかという事はある程度予測、準備はしていたのですが、実際経験してみると大変なことだらけでした。
その経験と「心身経営学」の一部を纏めて2011年に上梓したのが「経営の嘘」です。
その冒頭に「先ず腹を括れ」そして「決して首を括ってはいけない」と、最初の章に書きました。
「努力は報われるか」「企業は潰れる」しかし「絶望の淵からどんなことがあっても我々は生きなければなりません」と記述したこの書は、自分自身を鼓舞するために書きました。

当時の「原発の風評被害」はひどいものでした。今もコロナ患者に対して、人の道に反するような、言動を吐く卑怯者がいます。彼等はろくでもない生き方しかしてこなかった人達です。そういう人間に限って「自己中」の権利ばかり主張する人間です。中年・老人の中にも、目に余る買い占めをしたりする日本人が多いのは残念です。
新型コロナ禍が恐ろしいのは、「いい加減なことをして感染した者が、真面目に暮らしている方に移してしまう」という実に厄介なウイルスです。
真摯に生きている人間が、どうにも割を食う世の中ですが、これは、今に限らず、大昔からあった事です。悔しいけれど、身を切るような決断をしなければならないこともあります。ただ、こういう時期には、体も心も「虚」になっています。くれぐれも、甘言に釣られるようなことがないように、気を引き締めて、ゆったりと生きましょう。こんな時、決して頑張りすぎてはいけません。(かく言う私もこのところ頑張りすぎです。反省しています)
四季四部作・長編歴史時代小説シリーズ最後の「秋の遠音」の、最後の最後の校正をやっと終えましたので、こうしてブログを書いています。
その間、新型コロナ関連の報道を丹念に見ていました。最初はいろいろな情報を追い求めましたが、いい加減なコメントが多く、腹が立ち、不安を増幅するので止めました。
何故かというと、この武漢由来の新型コロナウイルスの①病理的特性、それが及ぼす②経済的影響、そしてそれに対する、③政治的な施策、行政の方策、そして、それに対する④我々の対応と覚悟など、メディア・報道は、それらをバラバラに語るだけですから、腹が立つわけです。
例えば「新型コロナの病理的特性」などは海外の論文などを検索し、医師達の研究成果などを調べて新型コロナとはこういう奴だとはっきりとわかりました。しかし、現在のところそれに対する対処・克服法は「わからないということがわかった」ことです。
金融・財政政策に関して、これまで否定的であったドイツやアメリカが、MMT理論を援用し、どんどん「お札」を発行しています。日本の財務官僚、日銀は「コロナ禍」に対して、認識が甘く、腰が引けています。尤も、IMF(International Monetary Fund、国際通貨基金)の声明なども「?」と思うほどで、論旨がぼけています。
財務官僚の圧力で、意志が定まらない、ボケの「日本政府」ですが、何れ、落ち着いたら次作の「ダブルスタンダード」で、コロナ禍後の世界を予測しつつ、私の実践哲理とその背景を記載します。「哲理・哲学の明確な意志を持って」このコロナ禍に対処する事が必要なのですが、与党内で肚の坐った「次期総理候補」はいないのですかね……。
これからの政治を志す方々には是非私の「秋の遠音」を熟読される事をお勧めする。
尤も、本当に読んで頂きたいのは、次世代の厳しい環境を担う、若い方々です。その理由は「秋の遠音」のあとがきの一部をお読み頂くとわかります。

〈あとがきより〉
(前略) 「秋の遠音」の主人公、吉村春明(土肥助)は、陸奥下手渡、筑後三池、江戸と行き来し、若年寄に就任した藩主種恭に常に扈従することで、視野が大きく広がりました。
春明は、様々な風土に暮らす人々、過激な攘夷志士、藩政改革者、老中若年寄などの幕閣、古河市兵衛などの新興商人、穢多非人など多階層の人達と接し「人間」を冷静に観ることを学びました。
そのような主人公の存在を知り、物語を創作できたことは作家春吉省吾にとって僥倖でした。
春明は、儒者佐藤一斎から「平凡に生きよ」と言われたことを忠実に守り、その一生を生ききったのですが、実は激動の真っ只中に身を置き「平凡」に生きることがいかに難かしいか……。
春明は自分の能力を当たり前と思っているのですが、その能力は希有なものです。
人倫を全うして生きる為には、人間中心の卑近で日常的な暮らしの中で、人を人として慈しみ、それを何のてらいもなく実践することです。実はこれほど難しい身の処し方はほかに無いのですが、何時の時代もそういう人達が日本を支えていたのです。
軽薄な知識人や、我欲の為政者が「日本」を作り上げたのではありません。これまでグローバルという名の下に、何とか機能していた「人」「モノ」「カネ」そして「情報」が、制御不能に陥っています。新型コロナウイルスの世界的蔓延によって医療崩壊となり、世界の経済活動が分断・破壊され、政府・行政、企業組織をはじめ、IOC、WHOなど、権威ある機関と称される組織もいい加減であることが顕在化しました。化けの皮が剥がれたわけです。権力を笠に、 策謀や二枚舌を弄する自己保身の指導者が、世界中に何と多いかと愕然とします。
新型コロナウイルスの蔓延は、初動を誤った「人災」です。この危機に我々はどう想像力を働かせ、人倫に基づいた意志決定をすべきなのか。日本の、世界の、人類の「近未来」が問われています。善後策を短絡に求めようとすれば、同様の危機はまたぞろ繰り返されます。
「今の時代、『秋の遠音』のような長いの書いたって、誰も読まねえよ。読むのも疲れる」
この言葉が今の日本の空虚な心を現しているとすると、日本人の民力はあまりにも情けなく、自分の能力を勝手に狭めて過少評価しています。
世界(地球と言ってもいい)と一人ひとりの日常は、我々の想像を遙かに超えて、複層的、重層的に絡み合っています。結果を簡単に求め過ぎ、細切れの表象だけをみても、不安に苛まれるだけです。
「秋の遠音」では、歴史に隠れている「事の本質は何か」という、哲学・哲理の明確な意志を物語にしました。この小賢しく世知辛い世間を生きるため、我々は今のままでいいのかと 「本気で考える時」が、令和のまさに今、この時なのです。
「秋の遠音」の主人公、吉村春明の一生を通して、自己を見つめ直すきっかけとなれば幸いです。
(後略)〈あとがきより〉

この厳しい時代をどういきるか。「秋の遠音」の主要テーマは、
「裏切りと我欲渦巻く混沌の時代に、春明(秋の遠音の主人公)は家族を愛し、友を信じ、人生を悠悠と生ききった」
というものです。この小説のメインテーマはそのまま「令和の今、真の人倫とは何かと問う、日本の『大河小説』遂に誕生」ということになります。
実は今回の「新型コロナ」の一番恐ろしいことは、従来の思考と行動を根本から、機能不全にしてしまう厄介なものです。新型コロナがひとわたり落ち着いたあと、我々の生活は、根底から変わることを余儀なくされます。それは社会システムが変わることは勿論ですが、そこで生きる我々に「あなたはどのようにあなたの人生と向き合うのですか」
と厳しく問われていることだと思っています。その新しいシステムは、取り立てて奇抜な中にはありません。冷静に世界を観察し、自分の視座を定めることです。そしてそれは人を慈しみ、人倫日用の生き方の中からしか生まれません。吉村春明は最後まで第一線の「現場」で、自分自身と向き合いました。
作家春吉省吾は、その全てを「秋の遠音」の中に描いたつもりです。
社会は、常に「現場」の中でしか変えることは出来ません。コロナ医療の最前線で、危険と向き合い戦っている「現場」の医療関係者の方々に、最大の敬意を表して、この文を終えます。
2020年 4月20日  春吉省吾ⓒ          ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
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「秋の遠音」人生を柔軟に生きるために

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「秋の遠音」四季四部作遂に完結

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「秋の遠音」をぜひ読んで欲しい

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「秋の遠音」日本人の必読書

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「大河小説・秋の遠音」遂に誕生

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令和を生きる皆様へ「秋の遠音」を読んで欲しい VOl.62

2020.2.8。名古屋から豊橋経由で、豊川稲荷へ。土曜日の昼、新型コロナウイルスの影響だろうか人通りは少なかった。

2020.2.8。通称「豊川稲荷」の開山は1441年曹洞宗の寺として開創されたと言うから、まだ新しの173年前、寒厳禅師が宋からの帰りに、白狐にまたがる霊神が海上に現れ、い。開山守護したという。まさに神仏混合の典型の寺社である。

2020.2.8。霊狐塚のお狐さんの石像。こうして並んでいると圧巻だ。

2020.2.8。豊川稲荷の近くにある徳城寺。本堂の裏には弘法大師ゆかりの「錫杖井戸」があった。早咲きの櫻が咲いていました。

2020.2.8。徳城寺の櫻は、この日もう咲いていた。この時期だと梅の時期なのだが。

本文

令和2年2月4日の深夜、四季四部作・長編歴史時代小説「秋の遠音」を遂に脱稿しました。
構想から資料集め・取材・執筆と十数年かかりました。膨大な時間とコストを費やしました。
大げさに言えば、あらゆる事を犠牲にして仕上げた作品です。四百字詰め原稿用紙で、2600枚ほどです。
「秋の遠音」は、新聞小説のように毎日細切れに読者に発表し、終了後に加筆修正し単行本にするという作品ではありません。全編「書き下ろし」ですから、最後の一行を措くまで、読者の目に触れることは決してありません。作家春吉が「脱稿した」と納得しなければ、コピー用紙(原稿用紙)に書かれた単なる文字の塊として埋もれてしまうだけです。
今は全快しましたが、2年前に病気をしたこともあり、未完のままに終わったら……、という気持ちと常に戦ってきました。
「決して焦らず、自分にしか書けない作品に仕上げよう。万一、完成しなければ、それだけのことだ。それもまた天の差配だ」と腹を括りました。
不思議なもので、そういう心境になると様々な資料が、向こうから飛び込んで来ました。
作品中の主人公をはじめ登場人物の位置がピタリと収まり、バラバラになっていた時空間が繋がり、作中の人物達が際立ってきます。
いわゆる「作中の人物が、勝手に動き出す」という新たなゾーンに入ります。
そうなればしめたもので、作家は恣意性や小賢しさを押さえ、澄んだ水の流れに浮かぶ花びらをそっと掬い取っていけばいいわけです。ただそうはいっても、完結させないことには「物語」として、読者に読んで貰うことはできません。ここ数ヶ月、はやる心を抑え作品を仕上げました。

「秋の遠音」は幕末から明治初期の日本の叙情を丹念に描きました。里村の原風景、四季の移り変わり、自然の厳しさと美しさ、江戸・東京の変遷と庶民の暮らしを楽しんでください。また幕末・明治の思想といわれる水戸学をはじめとした尊王攘夷論の外に、今は忘れ去られた思想・提言を作品に組み込みました。開国以来、激変した経済活動、豹変する政治行動も、作家春吉の視点で記述いたしました。
幕末・明治以降、品格の無い指導者達は、かくも業が深く、浅はかだったのかという思いをあらたにすると同時に、歴史に名をとどめない者達が、真の人倫を支えていることが際立ちます。そこに焦点を合わせた「秋の遠音」はまさに「大河小説」と言うにふさわしい物語です。
戦後、吉川英治、中里介山、山岡荘八、海音寺潮五郎、司馬遼太郎、吉村昭(敬称略)をはじめ、きら星の如くそれぞれの時代を先取りした作家達が、我々日本人に優れた長編歴史時代小説を残してくれました。
この「秋の遠音」は、春吉省吾が令和の時代を生きる方々のために記述した「大河小説」です。 しかし、「今の時代、そんな長いの書いたって、誰も読まねえよ。読むのも疲れる」
この言葉が今の日本の、日本人の民力です。
SNSから発信される「脈絡のない細切れ言葉」や、情緒押しつけの「私小説」に毒され続けると物事をきちっと判断し、取捨選択する能力は衰退し、独善に陥ります。自分の頭で物事を考えないのだから、その渦に巻き込まれてしまうのは当然です。結果、いつも追い立てられ、短絡的で「直ぐキレ」る心情を持つ人が増えています。マス・メディアはその意識をさらに煽り、疲れさせ、挙げ句の果てに簡単に切り捨てます。
春吉省吾が大きなリスクを負い、「四季四部作・長編歴史時代小説」を創作し続けたのはまさにここにあります。
私たちはこの先、否応なしに、答えの無い複雑な世界に立ち向かわなければなりません。
時代は事の本質を自分の意志で観(み)る必要に迫られています。文字を追い、重層的な筋書きの作中の人と人との繋がりを追って、想像力を豊かにすることは、この時代、とても大切なことだと思っています。
私はそういう意識で、令和の大河小説として「秋の遠音」を書きました。そしてこの作品を世に送り出せることを作家として誇りに思います。

ここ1~2年、旅行や研修会、昇段・昇格審査、私の講演会の日を除くと、土日、正月盆もなしで一日12時間、机にかじりついて「秋の遠音」の執筆は勿論、学生時代よりも真剣に、哲学・宗教、経済学(最新の哲学理論、金融理論など)の書籍を読んでいます。働き方改革とは真逆な生き方をしていますが、私なりの使命感を持っていますので実に楽しいものです。
「答えの無い世界に立ち向かうために」我々はどう考え、どう行動すれば良いかと考えています。
四季四部作・長編歴史時代小説をはじめ、これまで上梓した哲理的随筆と、現在構想中の「ダブル・スタンダード」の随筆と、新たに執筆が始まった中編時代小説シリーズ「初音の裏殿」に共通する思想は、内容の硬柔、長短にかかわらず一貫して変わりません。

「秋の遠音」を上梓すれば、四季四部作・長編歴史時代小説の全てが完了します。
「冬の櫻」(上・下)〈2011.8発刊〉、「春のみなも」(上・下)〈2014.5発刊〉、「夏の熾火」(上・下)〈2015.11発刊〉、とあわせてこのシリーズは完了です。加えて幕末・維新長編時代小説「風浪の果てに」を2017・3月に発刊しました。春吉省吾が、校閲、校正を含めて全て独りで作業し上梓したので、初版は誤字脱字が多く、ご迷惑をおかけしました。改定再版では全て修正します。
〈誤字脱字については、忸怩たるものがあります。しかし、取材、資料収集、執筆、編集、校正、印刷・製本指示、PR作成、販売交渉、注文処理、発送と全て何十人分を独りで処理したてきた自分自身を褒めてやりたいと思っています。作品の質は当然のこととして、今までも、これからも、こんなことをする「作家」は、日本人で私だけだと自負しています。〉
「秋の遠音」(上・中・下)の上梓は、 5月の上旬を予定しています。 主人公、吉村土肥助(後の春明)が生まれる21年前の文化3年(1806年)から、吉村春明が 亡くなる明治25年(1892年)まで、幕末・明治初期を含む「激動」を描いた物語です。令和に贈る春吉省吾の「日本の大河小説」をお楽しみに。
2020年 2月27日  春吉省吾ⓒ          ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
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希望と憂いの2020。だからこそ「秋の遠音」を読んで欲しい。VOl.61

●2019.12.17米沢駅。平日の午前中、落ち着いた駅の佇まいだが、人はまばらだ。

●2019.12.17上杉神社は、上杉家の居城で米沢藩の藩庁だった米沢城本丸の奥御殿跡に鎮座する神社だ。祭神は勿論、藩祖である上杉謙信。

●2019年の8月に大沼デパートが全館閉館し、「コンクリートの塊」になってしまった。私のふるさと福島市も駅前再開発で「中合デパート」が解体されるという。(予定は未定)
東京の大手デパートも賑わっているのは、地下の食料品売り場だけだ。「デパート」という店舗経営のありようが大きく変わっている。
アメリカの老舗百貨店バーニーズが2019年8月に破産申請、店舗閉鎖 。

●2019.12.17東寺町の黒板塀の続く道並み。お寺が連なりて寺町を形成している。堀を塞ぐ荒い鉄の網は、積雪対応のためだ。東寺町は慶長年間に直江兼続が線引きを行ったとされる。

●2019.12.17八谷街道、最上川の上の陸橋から南を望む。西吾妻の山々が遠くに霞んで見える。通年ならば、峰々は真っ白のはずなのだが……。

【本文】

新年明けましておめでとうございます!
 大晦日から新年に変わるその時もいつものルーティンで、机の前に座ってキーボードを打ち込んでいた。私の頭の中にはの最後の数行が、既に書き込まれている。もう少しだ。
 とはいうものの、全体を調整して本にするのは数ヶ月かかる。「秋の遠音」(上・中・下)は、早ければ今年の4月頃には書籍になります。
 主人公、吉村土肥助(後の春明)が生まれる21年前の文化3年(1806年)から、吉村春明が亡くなる明治25年(1892年)まで、幕末・明治初期を含む「激動」を描いた物語である。令和に贈る、春吉省吾の「日本の大河小説」である。
 縦糸と横糸が紡ぐ、時間と空間、偶然と蓋然が人間の歴史となる。春吉の物語は、かつて日本の先輩作家達が綴った幕末・明治物語とは違った切り口で構成されている。
文字を読まなくなった、物事を重層的に考えられなくなった「今」の日本人に、超長編の読書の楽しさと、歴史時代小説の醍醐味を味わって貰いたい。

 出版とは、構想、取材、資料集めをして執筆するいわゆるソフトの「作家」部分と、脱稿後の校正、本文組み付けレイアウト、表紙レイアウト、装丁などの本に仕上げるまでの「製作部門」と、告知とPRやネット販売や流通への手配などの「販売部門」とそれぞれに一冊の本が読者の手元に届くまでに、数十人という多くの人手がかかっている。これを春吉省吾独りで作業している。まあ、世界で唯一の「ソフトとハードの個人製作システム」と言っておこう。

 2019年に、「29円モヤシの目線で 日本の危機と 生死観を考え直す。」という、「日本と日本人」に思いを寄せて、タガが緩んでしまった現状を踏まえて小冊子を上梓した。卑近な出来事から、近未来を予測し、我々はどう生きたら良いのかを提言した。しかしその提言は日本にとって希望に満ちた未来ではない。それが正しい「解」かどうかと大上段に構えなくても、普通に当たり前に考えれば、そのような結論になる。我々はいわばそういうところに立っている。
 第一、「正しい解」などという固定された概念は、人間の歴史には存在しない。我々一人ひとりは、固定観念を排し、何を思考しどう行動したら良いか考えなければならない。
しかし考えるといっても、追い込まれては、主体性がとれない。

 とはいえ、社会は益々複雑になり、混迷の度合いを深めている。世間の盲動に惑わず、何を選び、何を捨て、何に立ち向かい、何に耐えたらいいのか、その基準が不明確になってしまった。しかし、こんな正解がない混迷の時代でも、我々は、常に決断を下さなければならない。
 その時「哲学」あるいは「哲理」が役立つ。いや、役立つようにしなければならないのだ。
 現実社会で起こっている現象を俎上にのせ、その時、人間の感情と理性はどう働くのかという、現代の哲学者のテーマやそのエキスを、「ダブルスタンダード」(仮題)という冊子に纏めて、わかりやすく腑に落ちる「生きる哲理本」として書き上げたい。
 人はその思考の座標軸に自分自身の視座や立地点を見いだすことができれば、混迷がどのように深まろうと、理不尽な事が起ころうと、それら全てに対して、地に足をつけて生きることが出来る。そして我々はそう生きる事で自分の人生と、真摯に向き合える。
「ダブルスタンダード」は、「言挙げぞする」そして「29円モヤシ」に続く「春吉省吾の哲理」シリーズの3巻目となる。ご期待ください。

 さて話題は変わって、12月の16日と17日、故郷の福島市へ行った。元気を取り戻した母の顔を見て(92歳の母は、3ヶ月前、胸椎圧迫骨折で1ヶ月ほど入院していたが、無事退院)、先祖の墓参りをして、親戚数軒を回って、夕方は友人達と同級生の自宅(幼稚園から大学まで一緒の川口君、彼とは実に古い付き合いだ。今回もお世話になった。ありがとう)で「飲み会」をした。久しぶりの集いで楽しかった。
 その翌日は、前々から計画していた事を実行した。睡眠時間を削ってもこのリフレッシュの時間を作りたかった。但し、目的地に着いてから何処をどう巡るかは無計画。
 山形新幹線に乗り30数分で米沢へ。降り立った米沢の町は、暖冬のせいか根雪の欠片もなかった。7年前と違って、降り立った玄関口は元気が感じられなかった。
 市内の名所旧跡を中心とした、思いつくままに、ただひたすら歩く旅。 
 それにしても上杉神社の参拝客もまばら、記念館の入場者は私一人。東寺町の黒板塀を歩き、町の人に道を聞こうとしたが、15分歩いても人に出会わない。旧市街に戻って、遅い食事をするために精肉店の2階食堂に入った。カウンターに坐って、
「米沢、ちよっと元気がないね」と町の様子を尋ねてみた。
「んだすなあ、昔はもっと活気があったんだども、すげねえな~」
 大沼デパートが今年の8月で閉館したという。食事の後、立ち寄ってみた。ビルのシャッターが全て下ろされた無人の「ランドマーク」を見るのは寂しい。
 一方、私の住んでいる渋谷区は、2020東京オリンピックを控え、再開発、建築ラッシュがすざましい。年末恒例の道路工事と、資材搬入の大型トラックが道を塞ぎ、自転車で買い物に行くにも迂回しなければならない。何時直下型地震が起こってもおかしくない東京で、一極集中が益々加速している。急造した最新ビルが、倒壊しないという保証は何処にもないのだが……。
 地方都市の寂れ様と、限界を無視したような東京の膨脹ぶりは、そのまま世界中の様々な「格差問題」と直結している。
「希望と憂いの2020」。このままずるずると惰性と方便に明け暮れるのか、それとも一条の光は見いだせるのか。いずれにしても大きな分岐点になる2020年である。
 読者諸兄にとって、充実の年になりますように!! 
                                                             2020年 元日  春吉省吾ⓒ 
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「秋の遠音」それは大河小説の枠を越えてVOL.60

2019.12.3フランス大使館。洒落た建物で、正面のさりげない表記も計算されたデザイン力が感じられる。

2019.12.3 古河市兵衛の墓。正面が市兵衛でなくて、鶴子さんの墓なのが面白い。他に、墓地内には、古河一族の墓もある。

2019.12.3 ヒュースケンの墓。彼を殺したのは、伊牟田尚平。西郷隆盛の命を受けて江戸市中の商家への強盗や江戸城二の丸に放火するなど、破壊工作を計画した。伊牟田は、庄内藩の江戸薩摩藩邸の焼討事件の時も逃れている。「秋の遠音」にはその様子も記載した。

2019.12.3麻布通り二の橋付近。この日は晴天で穏やかな一日で、厚着をして歩くと、汗ばむ程だった。

〈本文〉

長編歴史小説・四季四部作最後の「秋の遠音」、ようやく今年末に脱稿することが出来そうです。
途中から、はたして仕上がるのだろうかと思ったこともあり、ワープロに向かっても一字も書けないような辛い時期もありました。
多くの資料を漁り、様々な取材をし、疑問解明に現地まで訪ね、各所へ手紙を出しました。所在確認をお願いすると、わざわざ現地まで出向かれ、ご連絡頂き感激したこともありました。
何より、お忙しいなか原稿の内校正をして、何百ヶ所にわたり修正を指摘頂いた、我が友、菅野建二君には感謝の言葉しかありません。(もう暫くおつきあいください)
それにしても構想から、はや十数年が経ってしまいました。未完で終わるかもしれないプレッシャーもありました。私自身、もう少し早く脱稿するもくろみでしたから、2年半前に、下手渡藩の現在の地、伊達市月舘町で、招聘されるまま未完の「秋の遠音」について講演会までやってしまいました。
その後2度ほど病気で手術をしたりと、様々な事がありました。ここまでよく書き続けたものだと思っています。

「秋の遠音」は多くの先輩作家の方々が、書かなかった、書こうとしても書けなかった、幕末から明治維新の出来事を時系列に沿って、弱小藩に生きた様々な人々の細やかな人間模様を丹念に辿りました。
主人公の吉村春明、その藩主立花種恭は、奥州下手渡(現在の伊達市月舘を主とする、保原、梁川、川俣など)、筑後三池(現在の福岡県大牟田市)、そして京都、江戸(東京)を舞台に活躍します。
下手渡と三池に半分ずつ分断された領地は、1500キロほどの隔たりがあります。現在下手渡にお住まいの方も「藩」の活動やその存在をあまり知らないようです。
分断されたことで、精査されない資料も多く、双方の地域で勝手に解釈され、不突と不整合もありました。今回の「秋の遠音」で、私がこうだろうと判断し統一した事項は随分ありました。
そこには、下手渡と三池とを必死に繋いだ主人公吉村春明の思いを、読者に知ってもらおうという物書き春吉省吾の強い思いがありました。
作品は、幕末から明治に変わる一番不可解な「裏側」の出来事は勿論、何故、こんな理不尽な分断が起きたのかも含めて、原稿用紙で2千数百枚となりました。私から言うのもおこがましいのですが、決して冗長な作品ではなく、重層的なプロットでくみ上げた自信作です。読み始めると止まらなくなるはずです。
上・中・下の3巻で、皆様にできるだけ安価で提供したいと思っています。表紙デザイン・レイアウト・本文組・装丁など、全て私一人で実施しますのでこの先も気が抜けません。

超長編の歴史時代小説は、「冬」「春」「夏」と続き「秋」が四季四部作シリーズ最後の物語です。 日本の歴史時代小説に新しい足跡を残したと思っています。
裏話ですが、10年前にシリーズ最初の「冬の櫻」を脱稿し、大手の出版社の文芸担当の部長に読んで貰いました。丁寧に批評頂きましたが、その一つに
「時代小説には、武蔵と小次郎のように明確な敵が求められるが、あなたの小説にそれがない」
という趣旨が記載されていました。私はその手紙を見て、愕然としました。
「時代小説」を限定的な枠に閉じ込め、明確な敵を設定するというプロットは、数十年前の発想です。
置かれた環境で人は変わります。むしろ敵は自分自身中にあり、その見えざる敵に、あるいはその内面とどう向き合うのかが、私、春吉省吾の小説テーマです。それ故に私の時代小説は、重層的構造となり長編になるのです。
残念ながら不勉強で時代遅れな編集者が率いる大手出版社、既存の出版界はなべて、販売部数を伸ばす為だけの安易な行為が目立ちます。それが日本文化の「薄っぺら」さを助長しています。 この後、一念発起して「ノーク出版」を立ち上げました。
「冬の櫻」「春のみなも」「夏の熾火」そして「風浪の果てに」という初版の在庫も少なくなり、修正したいところも多くあります。改訂再版として再び世に問いたいと思っています。
私の次のライフワークとして「初音の裏殿」という幕末痛快娯楽中編シリーズの第1巻を執筆中です。またお約束の「空の如く」も纏めないと……。

さて「秋の遠音」で、重要な役割を果たす人物がおります。古河市兵衛という男です。何あろう、古河財閥の創始者です。その市兵衛が、幕末から明治初年にかけ、福島町(現在の福島市)を拠点に井筒屋(小野組)の番頭として、信達地方の蚕種・生糸取引に従事し莫大な利益を上げたことは、これまで地元の郷土史家の誰も調査していませんでした。明治7年(1874年)小野組の没落後、渋沢栄一などの資金援助で官営鉱山の払下げを受け、足尾鉱山,阿仁・院内銀山などを入手し、鉱山王といわれた男です。
しかし彼の伝記を調べても、彼の家庭のこと、その妻について明確に書かれた資料がありません。若い女が大好きでしたので、晩年のことは記事として残っていますが……。
というわけで、曖昧に出来ない性格と作家魂から、古河一族の墓を調べに出かけました。
12月3日、出かけた先は光林寺 (東京都港区南麻布)という臨済宗のお寺です。はたして、寺の一等地に石塀で囲まれたその正面中央には、妻の鶴子の墓があり、その左に後妻の為子、そしてその右に市兵衛本人の墓があり、その右側面に妾で後に妻となった清子の墓石が同じ大きさでありました。左側面には後に市兵衛の片腕となって足尾銅山の所長として活躍した甥の木村長兵衛の墓もあります。
最初の妻は歌という古河家の養女でしたが、義父の古河太郎左衛門の内縁の妻おりと折り合いが悪く別れているのでその墓はありません。
歌、鶴子、為子の3人とのあいだには、子供が出来なかったので、陸奥宗光の次男、潤吉を養子とし、2代目古河の当主とします。しかし潤吉は早世し、明治20年に生まれた妾の清子の子、虎之助が3代目として古河財閥を率いることになるのです。
江戸後期や明治初期は、歴史に名が残っている人物の妻の名や、生年月日や没年月日を知ることはなかなかむずかしいのです。今回も期待半分で出かけたのですが、はたして戒名も生年月日も歿年月日も石碑に彫り込んでありました。
「秋の遠音」の主人公の妻葉月と関わった時に、鶴子が何歳だったかがわかれば、より生きた描写が出来ます。たった一行を書くために行動します。春吉省吾の作家としての執念です。

ところで、この光林寺には、ヒュースケン(1832~1861) の墓があります。オランダ人で幕末期のアメリカ公使館通訳で、ハリスの随員として来日しますが、攘夷派の薩摩藩士伊牟田尚平らに襲われ翌日死亡します。のち外交問題に発展します。
また、平成30年9月に亡くなられた、女優の樹木希林さんのお墓もあります。2番目の夫、ロックシンガーの内田裕也さんも同じ墓に眠っておりました。私は、樹木さんの最初の夫だった岸田森さんの影のある演技が好きでした。(彼の叔父は岸田國士、従姉は岸田今日子 )
帰りは、光林寺から四の橋、二の橋迄歩き、とんかつ屋さんに並ばずに入れたので、そこで食事をして、麻布十番から地下鉄を乗り継いで帰宅しました。
光林寺の近くにはフランス大使館がありますが、小さな美術館のような洒落た建物です。一方、二の橋の近くには韓国大使館があります。そこから大分離れた明治通りまで、多くの警官が配置されていて、時勢を反映しているなと思ったものです。
快晴の一日、気分の良い半日を過ごしました。その日歩いた距離は1万3千歩でした。                                                                                   2019年12月11日  春吉省吾ⓒ
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今、日本のそこにある危うさ。「29円モヤシ」の次へ VOL.59

2019.10.13 台風一過。前日からの強風、豪雨は嘘のような風景。私の秘密の散歩コース。

2019.10.14 東京城西地区居合道大会六段演武。ビデオを見て、まだまだと長嘆息。中央が私。

2019.11.1代々木八幡宮、七五三の看板。

2019.11.7 近くの公園で、猛暑、暴風雨にもめげず、秋はゆっくりとやってきた。

本文

7月の末に発刊した拙著「29円モヤシの目線で 日本の危機と 生死観を考え直す。」(以降「29円モヤシ」と記述)は、控えた書き方をしていますが、今後、そこに記載した予測は、現象としての現れ方は多少変わり、時間軸のずれはあったとしてもほとんど「現実」になるはずです。
それは、物事の本質を突き詰めていくと、そのようになるからです。
各章のタイトルは、まだお読みになっていない方々へPRのために記載しておきます。

(1)「今」を考える (2)  江戸の天災 (3) 幕末の国力低下 (4)制御不能、視界ゼロの時代
(5)その後の処置が曖昧だと (6)戦後七十五年目の澱 (7)東京オリンピックの危うさ
(8)嫌~な感覚「歴史は繰り返す」   (9)閉塞感に満ちた世界経済の現実を知ろう
(10)   政治と貧困の間で   (11) 2020年の世界経済と日本
(12)拡大再生産という資本主義経済システムの終焉
(13)「維持生産システム」という構造変革と障壁   (14)「維持システム」を 構築するには
(15) TPPと日本農業   (16)戦後七十五年、日本人の向き合った「世界」
(17)ジャパンバッシング    (18)漁夫の利を許すな   (19)世界の中の日本の立ち位置
(20)米・中・韓との交渉   (21)世俗で普通に正しく生きていくことの難しさ
(22)日本の年金事情   (23)「定常経済」とは   (24)考え方を変えなければ
(25)日常の意志決定   (26)身の丈の暮らし、29円モヤシ   (27)日本人の考え方
(28)生きていくための日本人の思想   (29)縄文の伝統は今も生きている
(30)日本の「宗教」空海と親鸞のこと   (31)そして身軽になる
〈アマゾン等で売り切れの場合は、弊社「ノーク出版ネットショップ」ゆうちょ振込専用からお求めください。「春吉ファン」のためのお得な「後払いネットショップ」です。〉

これらの項目は何れも、我々日本人が「今」直面している問題で、それらは全て過去から「今」に続き、そして未来に繋がっていく問題です。
人は、過去にどう行動し、その結果をどう精査したかにより、その経験は「今」に生き、未来が更新されていくのです。たとえ失敗しても、そこに自分自身の生きていく「価値」を見いだし、経験が意味づけされると、人は目的を持った上昇スパイラルの中で生きることが出来ます。
けれど個々人の努力だけでは決して抗えない「運」とか「命運」は存在します。絶望のどん底に突き落とされたとき、不安に立ち竦み、世界を恨み、呪い、自身の存在が「負」になってしまうこともあります。
台風19号の甚大な被害を「他人事」とたかを括ってはいけません。この先、海水温の上昇は中途半端な施策をしても抑えきれず、それが原因の風水害・熱波の猛威は、一層強まります。ごく近い将来、自分が、家族が、生活している地域がそうなると覚悟をしなければなりません。

人の真骨頂は、あらゆる理不尽とどう向き合っていくかが、生きる「価値」だと思っています。 絶望の淵から人はどう這い上がるのか。そのプロセスの中に生きる価値があります。
我々はちっぽけな存在ですが、その一人ひとりの中に広大無限な「宇宙」が広がっています。
ところが、過剰な物欲、金銭欲、名誉欲は、放っておくと雪だるまのように精神を蝕み、本来持っているはずの「宇宙」が弾き出されてしまうようです。
そうならないためには、欲も程々にして「生きて、生かされているその本質は何か」と常に考え続けていると、小さいながら「宇宙」が見えることがあります。
そのために私なりに実践し続けていることがあります。
大げさに言うと24時間、寝ても覚めても、「ことの本質は何かと」考え続けることです。無意識の中でも様々な事柄を常に頭の片隅に置いておくことです。こう言うと、とてもストイックな堅苦しい生活をしていると誤解されるかも知れませんが全く違います。これが実に楽しく、精神的にゆったりとした気持ちになるから不思議です。
私なりのそのアプローチは、答えのない現代社会にどう立ち向かえばいいのか、「個人」「世界」「国家」の新しい関わり方を、ある切り口から、統合的に考えようとするものです。
人類が培ってきた「英知」は、西洋哲学や、仏教の唯識や禅、儒教や道教、民俗学、歴史学など様々ですが、それらを統合し、ドロドロとした世界の活動にどう対処すべきか、我々の生活に役立つことがなければ、そんな英知は知識だけ、教養だけの画餅です。泥臭くあなた自身の「哲理」を構築しなければなりません。
その考え方は、私が2011年7月に上梓した「経営の嘘」という経営哲理書の中に、簡単に記載しています。(P316~P323「二つの『スタンダート』と日本人)
私がこの先、上梓しようとしている、哲理書の切り口は、この考え方をより具体的にわかりやすくするものです。ご期待ください。

身の回りで起こる事件や事柄を、新聞やテレビ、ネット情報などから得るも、「う~ん、なんか変だな、何かしっくりこないな」と思う今日この頃です。
多くの人は、「そんなもんだ」とその先を深く考えずに、スルーしてしまいます。しかしその惰性に流された怠慢は、とても危険なことです。武力、権力、財力を持ち、更にその覇権を拡大しようとする者(既得権によって更なる利益を享受しようと目論む者も含みます)を喜ばすだけなのです。
ところが「何故だろう?」と考えようとすると、人は壁にぶつかります。ブラックボックスの中身が何であるか解明しようとしても、その調べ方、アプローチの仕方を知らないのでストレスが溜まります。そのストレスが、あなたの中に澱のように堆積していませんか?
そうです。中途半端な思考プロセスで考えている限り、ブラックボックスの前に立ち竦んだまま、勝手に物事を混乱させてしまうだけです。
そうならないために、春吉流「観想法」とでもいうような哲理を考えています。観想といっても、自分自身を内観するだけでは、世俗の不条理を捉えられません。世俗を超越して人間は生きられません。欲望まみれの世界の中で、挫けずに生きていくためには、物事をどう考え、どう納得するのか(これは何も考えずに唯々諾々と従うこととは全く違います)を確認しなければなりません。
答えのない世界にどう立ち向かえばいいのか?という大きな問いの「解」を見いだすべく、構想を練っています。

AI(人工知能)、バイオサイエンス、グローバル資本主義社会の行方、各国の覇権主義、地球温暖化対策などの人類の課題と、我々日常生活の暮らしは、思った以上に緊密に繋がっています。 それにしても、喉元に小骨が刺さっているような、嫌な感覚をいつも感じているのは、私だけでしょうか?
いちいちあげつらうことはしませんが、地域行政一つとっても、箍の緩みと権威主義で、事なかれ主義が蔓延しています。それにぶら下がっている、○○委員会、○○連盟、○○協会など、既得権益者が無責任で無駄なことをしています。社会が硬直化する最たるものです。
更に国家レベルになると、扱う数値の単位が違ってきますが、優秀な人材がいると思いきや、とんでもない。もっと杜撰です。オリンピックのゴタゴタを見れば分かります。金まみれ、既得権益まみれ、老害とオンパレードです。(おおもとのIOC、その傘下のJOCに顕著です)

次回の私の書は、随筆とも哲学とも経済書とも、ハウツー書とも、小説ともつかない摩訶不思議なジャンルの書籍になるはずです。ご期待ください。
例えば、明治政府の成立を欧米列強の世界戦略の一端から捉えると、彼等の強い思惑が見え隠れします。我々はその背景を理解せずに、その後、日清、日露戦争を戦い、太平洋戦争に突入し敗戦国となりました。戦後、日本は脅威の経済復興を遂げましたが、バブル崩壊によって、1990年のピークから15年の間に、日本の株式と土地の資産価値は1300兆円も減少しました。国民1人当りにすると1000万円以上の国富が、文字どおり消失したわけです。この根本原因は、単にバブルと片づけられますか? 世界には日本のバブルで利を得た奴らがいたはずなのです。
私たち日本人の生活は、世界的に見てもかなり微妙な立場にあります。その原因を、多方面から考えて俎上に載せ、世界の政治とその裏にある巨大なアンフェアな金融構造の存在も考慮しなければなりません。GAFAという世界情報ネットワークに完全に飲み込まれている日本の現状。加えて米中両国の覇権を争う情報戦争があります。私たちはそれらとどう向きえばいいのか?
1980年の時点では、世界のGDP(=実態経済と考える)と金融資産がほぼ同じ額でした。しかし、現在は金融資産がGDPの4倍以上に膨れ上がっています。いわば実態のない金融バブルになっています。何れ弾けるでしょう。かつての日本のバブル崩壊、リーマンショックとは、次元が違うとてつもない「破壊力」を持つはずです。
世界金融市場にはその「ババ」をどこかに押しつけて、逃げ切ろうとする「工作」は間違いなく存在するのです。
そのリスクを「日本」「日本人」が被ったとしたらどうでしょう?
残念ながら「現状のままでは、なるようにしかなりませんし、悲劇は回避できません」
それが避けられないとしたら、我々日本人はどうなってしまうのでしょう?
我々はその覚悟を持ち、冷徹に、腑に落ちるように、日本人はどう生きなければならないかを、納得する新しい「哲学(あるいは哲理)」を作り上げなければなりません。それも早急にです。
その根本原因と現象、その対策は具体的でわかりやすくなければなりません。

今から30年前近くに執筆された「日本存亡のとき」(高坂正堯著:講談社)の最後の一行を抜き出してこの随筆の終わりにしましょう。
「しかし、内政と国内政治構造面での思い切った改革なしには、日本が世界で生きていけないことは間違いない」
我々の生きている現在の社会は高坂氏が指摘した30年前よりはるかに厳しいのです。
世界経済(実体のない金融資産も含めて)のどこか一ヶ所が綻びれば、個人情報は全て漏れ、年金の運用もままならなくなります。この先、暖衣飽食は望めないとしても、この国に生まれて、充実の生涯であったと思いつつ、次世代に繋いでいくには、経済の最低保障が必要です。
また生きる覚悟をするには、しっかりとした「自己哲理」を持つことが必要です。しかし残念ながら戦前・戦後を通して、いまもなお、国民教育の中にそれを醸成する機会はありません。
我々がこの日本で、日本人として生きていくためには、「社会構造と個の確立」というその双方を確立し改革しないと、世代を繋ぐ次なる高みの文化的活動は出来ないのです。
このまま、経済活動の本質を精査せずに、生きる意味を考える道具も持たず、貧困に沈んでしまうことがあれば実に残念です。
日本が、日本人がまさにいまそこにある危機にどう立ち向かい、どう対処すればいいかというのが、新刊の上梓趣旨です。
「29円モヤシ」という足下の哲理から、更に人間の欲望の深層、事の本質を考えています。                                             2019年11月21日  春吉省吾ⓒ

※高坂 正堯(こうさか まさたか1934年(昭和9年) ~1996年(平成8年))日本の国際政治学者、思想家、元京都大学法学部教授。専門は国際政治学・ヨーロッパ外交史)

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