最後の最後の校正

2月22日に、印刷製本所から、「愛別離苦」初音の裏殿・第四巻が、PP加工していない「モックアップ(Mock-up)〈実際の仕様と全く同じもの〉」状態で手許に届き、「最後の最後の校正」をして、3月1日深夜、「仕様変更無し(ページ数などの変更無し)」で差替データを送った。
目をしょぼしょぼにして、読み返すと、色々直したいところがいっぱい出てくる。結果、百ヶ所以上修正した。いつものことだが、産みの苦しみだ。
この二ヶ月は、様々な事が色々あった激務の二ヶ月だった。
明日から二日間、田舎に帰って、高齢の母の様子や、墓参り、親戚への挨拶、弟との打ち合わせ、久しぶりで友人達との飲み会など、目一杯の予定を詰め込んだ。タイトなスケジュールだが、何とか上梓出来るという安堵感は大きい。(この後、DM作成、栞、電子書籍への変換、そして個人企業の青色申告と確定申告を自分で作って申告する作業は残る)
執筆をはじめ、脱稿までの2年近くの間には、心身不安定な時期も結構あった。
注意力散漫になると、固有名詞をよく間違える。書いている本人はなかなか気がつかない。物語の中で、何百人という人物がそれぞれに動き回っているので、つい誤記のまま飛ばしてしまう。船名の「菊水丸」と新造船の「菊花丸」、一字違いなので、ぼんやり印字しているとそのまま読み飛ばしてしまう。
私は一太郎というソフトで、縦書きの仕上がりレイアウトをあらかじめ作ってそこに入力している。
今回は「置換」という機能を使って、間違いそうな人名を入力し、チェックすると、やはり出てくる。「人力」だけでは中々見つからないようなところまで、指摘してくれる。単純な機能だが、今回役に立った。
但し、ソフトに附属する「校正」機能では、送りがなや誤用を見つけだしてくれるが、歴史時代小説だと、それが適さない場合もある。時代小説独特の言い回し、例えば、江戸時代のチラシ「引札(ひきふだ)」など決まっている言葉が全て「誤用」となる。一般的な送り仮名では、「引き札」となるが、それでは趣が出ない。
送られてきた「モックアップ」を手に取ると、誤字脱字をチェックする前に、つい読んでしまう。
そして読み進めると「涙が止まらなくなってしまう」のだ。
今回の「愛別離苦」初音の裏殿・第四巻は、涙を誘う場面がいっぱいある。校正・校閲者の立場を忘れて、読者として読んでしまう。

「愛別離苦」という物語

ネットで検索すると、【感涙必至!】絶対泣ける小説おすすめランキングトップ10!などというキャッチフレーズが出てくる。
作家としては、チョット違うなという感覚だ。
ガツンと涙が溢れてくる描写、そしてその情景がずっと続き、さらに読み進めるにつれ涙が溢れて止まらなくなるという記述は、意識して書けるものではない。
それが例え出来たとしても、わざとらしく薄っぺらいものになる。
多くのテレビドラマの台本のような事になってしまう。
物語作者としては、自分の感情を抑制しつつ、自然のままに状況を描写することが必要だ。これが作家としての大切な「能力」の一つだと思っている。
書いていて、涙が溢れて、印字できない(私の場合は、一太郎の仮名入力で、ローマ字入力は出来るが、違和感があるのでしない)時に書いた文章は、翌日になって、必ず修正する。感情が勝ちすぎては、読者に訴えることは出来ないからだ。
読者にとっては、感動の涙は、緊張(交感神経)→解放(副交感神経)への切り替えとセットで起こると思っている。
物語の描写が読者の琴線に触れ、心が動き、緊張から解放へ、スイッチが切り替わる。だからこそ、泣いた後にふっと楽になる。それは脳の感情を司るエリアが物語によって活性化している証拠なのだ。だから、こちらが感極まって書いてしまうと、気持ちに「遊び」と「余裕」がなくなって、読者に泣いてもらうことは出来ない。
「モックアップ」を手に取って、読み進めている私は、私自身がこの作品を記述した当事者としてではなく、一読者として読んでしまって「涙が止まらなくなってしまう」ということだ。
作品としては、良い仕上がりになった証拠だと思っている。
「愛別離苦」初音の裏殿・第四巻が、読者の深い情の琴線に触れ、涙腺が緩み、読後には心が軽くなり、ストレスを軽減できれば、著者としては実にうれしい。
飽くなき権力奪取の果てに
企業の裏方の戦略的経営コンサルなどを長年経験すると、人間の我欲、飽くなき権力奪取、剥き出しの「世界」と、いやでも向き合わなければならない。
柔な作家とは「仕込み」が違うと思っている。
経営講座「心身経営学」という、中堅企業の経営者・承継者の為に数年間、経営戦略の基礎部分の「日本的哲理」をベースにした経営戦略の基礎講座も開設した。しかし、しっくりこなかった。早すぎたと思っている。
二回ほど大病もした。
六十歳になったら、この世界から離れ、大失敗した実際の体験を投影し、物語を書こうと、五十代の半ばから計画した。
2008年に「永別了香港」という、「超長編・エンターテインメント小説」を書いた。香港返還前のもっとも熱い時代を記述した。日本人は勿論だが、現在中共の圧制下にある「香港人」にも、このような香港があったと知る人間は少なくなってしまった。残念でならない。
当時、社運を賭けて「天安門事件」を報道したアメリカの情報ニュースチャンネルCNNも、グローバル資本に乗っ取られ、つまらないオールドメディアになってしまった。
商業デザインのため、マックやWindowsの双方を使い、イラストレーターやフォトショップ、InDesignや動画ソフトも一応使いこなし、イベントのための設計図面を引くためにCADも自分のものにした。
現在、私の小説の全ての製作・販売の過程で、この時代の経験によって、入力から、本の装丁、写真撮影、DM、栞、ネット告知、動画作成編集など全て独りで行えるのは、そのおかげである。
もう何十年と、厳しい社会事象批評をしているから、大手オールドメディアは、煙たい存在に違いない。(それでも、舌鋒は控えている) XやFACEBOOKでも、検索数は極端に少ない。まあそれでも、頑張ってここまで来た。
企業生き残りの裏方の戦略に関わって、人間の我欲、飽くなき権力奪取、剥き出しの「世界」と向き合ってきたが、現実の世界の動きは、更に権謀術数渦巻く世界だ。
まさに騙し合い、潰し合い、殺し合いの世界だ。日本には、全てフィルターが掛けられ、報道しない「自由」などと自ら自分の使命を放棄するようなメディアによってまともな情報が入ってこない。日本人の多くは「盲目」の中にいる。
世界の情報を日本のオールドメディアを介さずに、情報を直接採りに行くと決めて10年。現実の厳しさを知った。
「愛別離苦」初物の裏殿シリーズ
日本と世界の動きを本気で考えると精神状態は鬱になる。一般に習った経済学なと全く役に立たないし、第一、前提が間違っている。裏の裏の裏を読み込まないと、世界の動きは見えない。
トランプは何を考え、何が出来ないか、プーチンは何を考え、アメリカ、中共とどう向き合っていくのか、イギリス・EU諸国は何を考え、どんな思考にしがみついているのか、そのドロドロが見えてくる。
それらが、AIテクノロジーの進化を巻き込んで、ビットコイン、金価格の上昇、円安、株価高騰などに直接影響する。その影響下で、無辜の弱者は殺され、知らされずに突然奈落に落とされる。
権力も影響力も持っていない私にとって、その全体を朧気ながら知ることは、苦痛の何物でも無い。
多分、私が「初音の裏殿シリーズ」の主人公・宇良守金吾と言う人物を生み出していなかったら、私の精神は崩壊していたかもしれない。今まで「正しい」としてきた前提が、全て崩れるのだから当然だ。
この物語を書くことによって私の精神の崩壊を防ぐだけでなく、日本人はどう生きるかという指針も示されている。
「シン幕末大河ドラマ」と主張するからには、視野を世界に広げなければならない。そして金吾が、直截・間接に列強とその手先と対峙することは、現在日本が、日本国民が措かれている立場とも深く関わってくる。
私が今やるべきことは、身体の衰えを出来る限りおさえ、精神のバランスを維持することだ。そのため30年以上、弓道と居合道で、へたくそだが、武道の神髄を追及し身体を鍛えている。それは「初音の裏殿シリーズ」という「シン幕末大河ドラマ」の完成の為でもある。
大袈裟だが、「天命」があれば、きっと物語は完成すると信じている。神の御加護に縋るしかない。

この初音の裏殿シリーズの既刊、全四巻をどうしても未読の方々にお読みいただこうと、大キャンペーンを計画している。
第一巻「怪物生成」、第二巻「破天荒解」、第三巻「深慮遠謀」、第四巻「愛別離苦」と、とにかく、独りでも多くの方にお読みいただきたいという企画です。
大キャンペーンの内容は3月半ばに具体的に発表いたします。お楽しみに!!
2026年3月朔日 春吉省吾

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