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〈本文〉
歴史に断絶はない。幕末から突然明治になったわけではないし、かろうじて勝利した日露戦争後も、中国大陸への列強の覇権が背景にあり、それが満州事変を招き、大東亜戦争に繋がり敗戦した。戦後の高度成長から、バブル崩壊、日本低迷と、いきなり情けない日本になったわけではない。全てにそうなった原因があり、複層した脈絡を多角的に客観的に精査し、そこから今自分が置かれている立場を認識し、思考と行動を深めていくことが、歴史を学ぶことだと思っている。
しかしそれはとてつもなく困難なことだ。伝わる歴史は「勝者の歴史」で敗者の歴史は徹底的に隠滅され、歪曲される。それが一世代、二世代(一世代はおよそ30年~35年)になると、親の伝聞そしてその子への伝聞となって、それがその国の「歴史」になってしまう。歴史教育の恐ろしいところだ。中国・韓国の義務教育の歴史教科書を読めば、その「反日教育」に普通の日本人なら愕然とするはずだ。
日本という国家を破壊しようとしている日本人が我々のごく近くにいる。
これら売国奴達は戦後76年時間をかけて、マスコミ、政治家、官僚、大学教授、宗教家、タレントはもとより、日頃何気なく顔を合わせている人の中にも、貴方の生活そのものを壊滅的に崩そうとしている人物がいる。それに全く気がつかずに、加担している「愚」。したり顔してマスメディアで薄く浅い解説をし、「ドイツでは、フランスでは」と「出(で)羽(はの)守(かみ)」をぶち上げて、日本を貶めるジャーナリスト。「馬鹿もいい加減にしてくれ」。
普通の人間であれば、少し想像力を働かせれば、「変だな、理屈にもなっていないことをこいつらなんで言っているのか」と思うはずなのだが、感覚が劣化し、なまくらになってしまった。目先の恐怖や欲得につられて、取り返しのつかないことをやっている。同調圧力に負けた被害者でありながらいつの間にか加害者になっている。何という皮肉だろう。どうやら「普通の人間を放棄」してしまったようだ。
自己責任回避のため、世間の動向を横目で見つつ、意志決定を先延ばしする卑怯者の為政者は、何故自分自身が「卑怯者」といわれるのかそれすら気がつかない。高学歴でも馬鹿は馬鹿なのだ。
ハーバード大卒であれ、ケンブリッジ大卒であれ、東大であれ学歴云々ではない。
正しい自己哲理を持っていないから、正しい意志決定ができない。人間としての覚悟がない。本当の「学び方」をしてこないから当然だ。まあ自己哲理の醸成は私の「心身経営学」を学んで貰うとしてここでは述べない。
まず自虐史観に陥った貴方の頭に「正しい考え方・真っ当な考え方」を注入して、思考回路を変えることだ。容易なことではないがそれが、日本のただ一つの勝ち筋だ。
その言葉を一言で表すとどういう言葉か、考えた結果「自己を活かす保守主義」という10文字とした。
さて「宗教はアヘンである」と言うマルクスの言葉がある。
彼の25歳の時の論文「ヘーゲル法哲学批判・序説」のなかで、
「宗教上の不幸は、一つには現実の不幸の表現であり、一つには現実の不幸にたいする抗議である。宗教は、なやめるもののため息であり、心なき世界の心情であるとともに精神なき状態の精神である。それは民衆のアヘンである」(「しんぶん赤旗」からの訳)
何の変哲も無い言葉だがマルクスの言葉に強烈な、アイロニーが感じられるから不思議である。
皮肉なことに「宗教はアヘンである」とうマルクスの共産主義は、唯物論を唱えながら、結局のところ権力欲剥き出しの全体主義に陥った。そのプロセスは一度その循環に入ってしまうと、過激さは更に力を増し、狂信的なカルト宗教と同様、激しい独善の害をもたらす。
多くの左翼主義者や共産主義者はその本質を見抜けなくなってしまう。
レーニンは、革命という至高の目的を実現するためなら、いかなる手段を使うことも正当化されると信じ実行した。彼は労働者の出身でもなく、ましてや貧困のなんたるかを知らない。彼にとっては「プロレタリアートの勝利」は単なる看板であった。ただ独裁の名目で無制限に権力を行使し、秘密警察や軍隊による暴力と恐怖を国民の間で有効に使っただけである。
レーニン、スターリン、毛沢東、ポルポト、鄧小平、習近平、どれ程の人々を虐殺し、人権迫害をしてきたことか。
恐ろしい事に戦後、世界中のそして日本の指導的知識人達は共産主義の影響をまともに受けていた。それは今も連綿とそれら後継者、弟子達によって継続中である。
マルクスは、資本主義社会は階級闘争だという認識が先ずあって、そこから過去の時代も全て階級闘争の社会であったとする。そしてその闘争の中で、プロレタリアートが勝利することに必然性があるという。これは理論ではなく、予言、希望の範疇の言説なのだ。
世界のプロレタリアート達はこれに勇気づけられた。戦いに勝利し、革命後はプロレタリアート達がリーダーとなり、政府の重要ポストを独占する。しかし権力の集中過程で、同士討ちが起こり、勝者が独裁者となり全体主義となる。この予言・希望の真逆の結果が、共産主義国家の成立と衰退の歴史であった。
共産主義は現実社会を変革するために、その活動の中で世の中を正しい方向に導くことになると主張し、こういう生き方こそ、前述の階級闘争の勝利の結果だと美化したのだ。
しかし実際の人間の性は、共産主義になったからといって変わるはずがない。左翼・共産主義を思考する人達は、利潤追求の「私的利益」を求める資本主義が人間を悪に染め、利潤追求を認めない社会主義社会・共産主義社会が招来すれば、人間の「悪」は出てこないという「お花畑妄想」の空想に陥った。何とも人間性を学んでいない理論なのだ。それどころか、人間は私的利益の追求がなくなると労働意欲も枯渇する。人間の本性を見通せない不完全さの故である。
確かに資本主義という、人間のありとあらゆる欲望を内包した社会制度は、歪みのある制度である。しかしその歪みがビジネスチャンスとして新しいビジネス展開をする制度でもあった。しかし様々な制度的疲弊、既得権益の障害によって、資本主義が大きく変節していることも事実である。
今「脱成長コミュニズム」という発想が言われ出した。一度リングからKO敗退したマルクス主義が、亜流の社会主義・共産主義思想となって衣装を替えて出現してきた。
これら亜流の考えにつられて乗ってしまうのは危険なのだが、何が危険なのか殆どの評論家、ジャーナリストと言われる者達は判っていない。
環境保護や心の豊かさという新しい価値を見いだすことが出来るのが我々人間の知恵であり、いたずらに「経済成長しなくて」も我々は豊かな生活を送ることが出来るとして、口当たりの良さを名目に亜流社会主義を復活させようとしている。
しかし経済成長、生産性が向上しなければ、弱者保護を眼目とする社会制度は先細りの陥穽に落ちてしまうし、生きていくための食糧、生活手段としてのモノ、それら生産性の向上がなければ、国力が増進する事はない。
考えても見よ、パイが小さくなり、安定した仕事も減っていき、何とか自分だけは生きていこうと人々は競争を激化させる。その競争は「欲望の資本主義」という競争社会よりももっと悲惨な「競争」になる。「誰かの得は誰かの損」というゼロサム社会=脱成長社会は更に過酷なパイの減少に繋がってしまう。
更には、我々日本人に限っても「心の豊かさ」という精神性を求めるには、これまで殆ど学習してこなかったのだ。心の豊かさを求めるには、従来のモノ偏重の生き方しか学んでこなかった人間に余暇時間は増えるが、何か新しい事をしなさいと言われても、所詮「ユーキャン」の資格を取ったり、ペン字を習うとか、その程度のレベルになってしまう。
「心の豊かさ」を学ぶには、宗教、哲学など、義務教育からその基礎を学んでいないととても無理なのだ。心豊かな生活を送るにはそれなりの努力を積まないと不可能なのだ。
勢い、無学な極右志向、極左志向に社会は二極分化され、とげとげしい不毛な未来が待っている。
またマルクスが本来最重要視したのは生産性の高さであった。それを無視し、古き理想郷に入るような「脱成長社会」などあり得ない。
ヒトラーの行った「国家社会主義ドイツ労働者党=ナチス」の政策や、スターリンの「大粛正」、毛沢東の「文化大革命」など極端な全体主義プロパガンダによって、無(む)辜(こ)の民、優秀な国民を何千万人と葬ったことか。歴史を繰り返してはいけない。
不思議なことに日本の官僚と同じように、日本の左翼は口を揃えて財政規律に厳しい姿勢を取る。寧ろ国家的危機である現在にあっては、特別国債を発行して「経済弱者」を積極的に救済すべきだとするのが、本来のマルクス的理論に適合していると思うのだが、共産党はじめ日本の左翼政党は主張しない。
国家を脆弱にする意図があるとしか思えない。
日本の大蔵官僚の頭の中もかち割って見てみたい。国債発行は「負債」と思っている様だが、全くその理論は古いと言わなければならない。フレキシブルな財政・金融論を実施しない限り、日本は浮上しない。
フリードリッヒ・ハイエクは彼の著「隷属への道」で「マルクス主義とは、本質的にファシズムと国家社会主義の事である」と述べているが、同時に「共産主義は大官僚主義だ」「官僚主義の極端まで行ったのが共産主義だ」と述べている。けだし明察である。
硬直した日本の官僚、アメリカ・トランプ大統領下で、命令すら無視するデープスティト達の暗躍は十分認知しておかなければならない。
現在、マルクス、ケインズ、ハイエク、シュンペーターの経済基本書を読み直しアリストテレスからハイデガーまでの西洋哲学、墨子、韓非子などの諸子百家、空海、最澄、道元、親鸞、日蓮などの著作を「眺めている」そこから日本復活の思想が見えるかも知れない。
この随筆は、急ぎ記述しているので、「自己を活かす保守主義」の理論構築には深く触れられないが、戦後76年、敗戦により、GHQに徹底して教育制度が変えられてしまったが、例えば戦中に「国体」という概念が戦意高揚として矮小化され、敗戦後は意識的に真逆に誤解されて今に至っている。実は「国体」とは日本国民がその言葉の歴史から精査しなければならない重要な言葉なのだがすでに「死語」になっている。同時にグローバルという概念に対抗する「保守主義(ナショナリズム)」の概念もぼけている。
過激なフランス革命に疑問を持ったアイルランド出身のエドマン・バーグの「保守主義」の理論から遡り、「国体」という歴史の概念を探りながら日本的ナショナリズムを再構築しないと今後の日本復活の道は見えない。やることはたくさんある。
またハイエクをフリードマンと並べて、「新自由主義」と位置づけている経済学者がいるがそれは間違いである。フリードマンも歴史に残る経済学者だか、イギリス・サッチャー首相やレーガンの経済的政策の背景となった理論だとひとくくりにするのも間違っている。
特に晩年は、日本経済に関心が深く、バブル崩壊後の日本経済について、日本政府・日銀の対応を「彼等は拡張的金融政策を伴わない拡張的財政政策で時間と金を無駄にしている」と揶揄した。また平成9年(1997年)に景気対策と税収の減少に対する財政悪化を理由に消費税を実施したことを批判した。1990年代の初期に、大規模な金融緩和が実施されていたら財政悪化は免れたと批判した。「金融緩和のもとで減税せよ」というフリードマンの警告に反した消費増税であった。
財務省の発想は常に、増税してそこから「分配してやる」という、共産主義者の発想だ。何という頭の硬さと、何としても仲間(財務官僚OB)の既得権益を守り抜くという頑迷さだ。国民が徹底的に疲弊してもなお、斃れるまで吸い上げるという悪代官のそれである。
日本崩壊の元凶の一つだ。麻生太郞氏や岸田文雄総理などは財務省の言いなりだが、もう一度「経済・金融・財政政策」を学び直して貰いたいと思ったが、権威だけの経済学者や奇をてらった経済学者から習っても無駄だろうし、とても新しい知識を受け入れる柔軟な頭はなさそうだ。
さて、ニューワールドオーダー(New World Order)という言葉がある。
第一次世界大戦後頃から英米の政治家によって多用されるようになった。大国間の勢力均衡が大きく変化したことを指したアメリカ大統領ウッドロウ・ウィルソンや、第二次世界大戦の悲惨な帰結を見たイギリス首相ウィンストン・チャーチルが破滅的な世界大戦を避けるには国民主権国家を廃絶し世界政府の管理による恒久的な平和体制の実現が不可欠であるとしてこの言葉が使われ出した。
この思想は、かつては「陰謀論」として葬られてきたが、いまやオープンとなって誰でもがそれを目にする事が出来る。
国連新世界秩序プロジェクトは、2030年までに国連の持続可能な開発のためのグローバル目標を、そして、2050年までに地球上の全ての生命の、幸福、健康、自由を、達成する、人類のための新経済パラダイムと新世界秩序を進めるために、2008年に設立され、ジェイム・イリエンとンダバ・マンデラによって率いられた、グローバルで高レベルのイニシアチブである」ウィキペディア(Wikipedia)より。
ここでよ~く考えてもらいたい。現在国連は、常任理事国の5国は拒否権を持ち、加盟国は中共マネーに汚染され、傘下にある組織も機能不全である。御存知のように、テドロス率いる世界保健機関 (WHO)や、世界銀行グループ国際通貨基金 (IMF)、国際連合教育科学文化機関 (UNESCO)、国際労働機関 (ILO)、国際連合食糧農業機関 (FAO)などである。
ハイエクは穏やかな「世界連邦」を薦めているが、「国際的な『法の支配』は、国家の圧政に対抗するための個人の自衛手段であると同様に、各国の共同体に対する新しい超大国の圧政から守るための保護手段にもならなければならない」という希望論を述べるが、ハイエクが示したようにあまりに野心的試みをしようとした国際連合は、今やその理想から遠く離れて機能不全である。
皆さんは、最近頻繁に使われるようになった「グレートリセット」「通貨リセット」「ベーシックインカム」という言葉を御存知だろうか。上述のニューワールドオーダー(New World Order)という意味を、もう一度じっくりと頭を使って考えて欲しい。「リセットする主体は誰なのか?」と。大きな闇と利権と覇権が蠢いている。欺されてはいけない。
2015年にパリで開かれた「パリ協定」(温室効果ガス削減に関する国際的取り決めを話し合う会議(通称COP)」に始まるあまりに政治的な環境問題会議から、地球温暖化、脱炭素、更にはSDGsと、コロナ騒動、ワクチン接種などとその一連の事を見て行くと、そこには、欧米の金融資本家、IT新興事業家などの強烈な覇権主義、世界の新しい秩序作りが垣間見える。全て繋がっています。
貴方には見えないとしたら、それは徹底して隠蔽してきた世界中のマスコミの企みが成功したことになる。一方的な「報道」を信じてはいけないのだ。
再びハイエクは言う。
「『新しい秩序』の必要性を最も声高に叫ぶ人々こそ、この戦争(第二次世界大戦)と、われわれが苦しめられている諸悪の殆どをつくりだした、あの考えに染まっている人々である」
ハイエクはその最後に「個人のための自由を確保する政策だけが、進歩的な唯一の政策」であるとして筆を置いた。
ベーシックインカムとは判りやすく言うと、「能力のない人間は働かなくても良いから、飢えないだけの金を恵んでやる。だから能力のある指導者に従え」という一握りの権力者、金持ちに都合の良い理論である。究極の全体主義なのだ。そろそろ判れよ!!
世界中で接種を拒む人々やマスクをしていない人達が、警官にボコボコにされ逮捕されている。ワクチン未接種の人は、スーパーマーケットや薬局などの最も重要な店舗を除き、すべての店に参入することを禁じられた。
もはや社会はいびつな免疫を持つ集団となっており、集団免疫とか、自然のパンデミックの収束ということはあり得なくなってきている。
この先、「グレートリセット」などという言葉に惑わされずに、物事を深く重層的に考える事が必要だ。「アッ」と気がついても、日本人の「国体」=「自己を活かす保守主義」の大切さは取り戻せない。その時貴方や、貴方の家族や子孫達をプロテクトしてくれるそのものがなくなってしまっていることに気がついても遅いのだ。
中共、鄧小平の天安門事件、江沢民の法輪功宗教弾圧、習近平ウイグル人弾圧、香港の政治人権弾圧に無関心の日本人、近未来そうなるかも知れないのだ。
しかし中共に未来はない。あまりに唯物論に支配されすぎている。尤も欧米の唯物論に支配された「グレートリセット」を唱える、悪魔的思考の管理社会は絶対に到来しない。
その理由はここで述べるには紙面が少なすぎる。Double Standard(日本壊滅)の著書で詳説する。
厳しい令和4年(2022年)になる。肉体と精神とあわせた自己免疫が求められる。
地球全体が管理社会、共産主主義よりも、もっと狡猾な地球規模の「全体主義」計画が始まっている。阻止しないと「個人の自由」がない鋳型にはめ込まれた生き方を余儀なくされる危険があるだけでなく、多くの犠牲者が更に増える。
日本の日本人の勝ち筋は、あるべき自己哲理を日常に活かすこと=「自己を活かす保守主義」を正しく学ぶことにある。
春吉省吾 2022.1.1
付記
Harano Talks Official Channel (日系アメリカ人だと思いますが、非常にクレバーなYouTuberです、大統領選の解説で何度もバンされていますが、正統な意見を述べられています。今回はその彼が紹介する動画です。環境ビジネスの「カラクリ」が判る動画です。バンされないうちに拡散してください。
「無から莫大な富を生み出す方法」2018年
https://www.youtube.com/watch?v=-55jrKpsHEo&t=302s
「破天荒解」~初音の裏殿・第二巻~を執筆中だ。幕末宇良守藩の天才嫡子、宇良守金吾を主人公に据え、第一巻を今年の7月に上梓した。この物語は「世界認識」と「重層的経済活動」「情報戦略」の3つを埋め込んで物語にしている。「破天荒解」は現在、冊子換算350頁まで書き進めている。ダナミックな展開は、第一巻から更に鮮明になります。
春吉省吾の書籍は、「ノーク出版ネットショップ」 からお求めください。お安くなっています。
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●YouTube「春吉省吾チャンネル」https://www.youtube.com/channel/UCYX91XHM0il05ed5IxMSMjg(「冬の櫻」「秋の遠音」「怪物生成」の動画など)〈作品のイメージ動画発信〉
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